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<title>大泉千路のブログジャーナル</title> 
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<modified>2012-05-21T18:38:55Z</modified> 
<tagline><![CDATA[ブログジャーナリスト・大泉千路オフィシャルサイト]]></tagline> 
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<title>この国の政治家にこそ観てもらいたい映画「サウダーヂ」</title> 
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<modified>2012-05-13T23:05:29Z</modified> 
<issued>2012-03-31T12:15:22+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">　甲府市をはじめとする山梨県内でのオールロケが敢行され、先月笛吹市内の「テアトル石和」にて県内初のロードショー上映が行われたインディペンデント（自主制作）映画がある。その映画の名は「サウダーヂ」、元々はポルトガル語の言葉で郷愁や憧憬といった意味がある。世...</summary> 
<dc:subject>レビュー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51921480.html">
<![CDATA[　甲府市をはじめとする山梨県内でのオールロケが敢行され、先月笛吹市内の「<a href="http://www.csc.co.jp/" target="_blank">テアトル石和</a>」にて県内初のロードショー上映が行われたインディペンデント（自主制作）映画がある。その映画の名は「サウダーヂ」、元々はポルトガル語の言葉で郷愁や憧憬といった意味がある。世界4大映画祭のひとつ、ロカルノ国際映画祭で批評家賞、ナント三大陸映画祭では最高賞を受賞するなど、一般公開前からすでに国際的な評価も高い。この注目作が県内初ロードショーの半年前には、映画の舞台である甲府市内の「<a href="http://www.sakuraza.jp/" target="_blank">桜座</a>」でロカルノ映画祭凱旋上映が行われ、以前協力した制作支援カンパの招待枠で幸運にも鑑賞する機会に恵まれた。本作には、大学教授や評論家といった有識者が様々な高評を寄せているが、ここではそれらと異なる視点からご紹介できればと考えている。<br>
<br>
　本作では、地方都市での中心市街地のシャッター街化、在日外国人らとのあつれきなどが描かれ、それら何気ない日常を通して日本が抱える根深い病根を浮き彫りにする。それだけに本作を見終えたあとは、自らの浅知恵で思いつく薄っぺらい言葉で本作を伝えることはできない、と痛感させられた。実際ツイッターを通じて鑑賞後の感想を記そうとしたが、本作の前ではいかなる言葉も空虚に感じられてたかが最大140字の文字さえ埋めることができない。それでもしばらく悩みぬき、ようやく打ち終えることができた「軽い言葉を使って感想を言うのが憚られるぐらい重みのある映画だが、これだけは自信を持って言える。ほんとうにこの映画を観て良かったと」（<a href="http://twitter.com/#!/oizumichiji/status/107470049878605824" target="_blank">筆者のツイッターより</a>）との一文からも、重みのある本作の魅力を言葉で伝える難しさをお分かりいただけるだろう。<br>
<br>
　そのなかでも特筆したい印象的なシーンは、鷹野毅と田我流演じる若き派遣労働者その最後である。実にセンセーショナルなそのラスト、スクリーンに映し出される彼らの表情を見た時、「脳天にミサイルを撃ちこまれて制圧されたような感覚」（柳田邦男著『新・がん50人の勇気』文藝春秋）を覚えるほどの強い衝撃を受けた。その理由は、本作があくまでもフィクションである一方、その舞台となった甲府市の中心市街地では在日外国人らとのすれ違いなどが顕在化する現実にある。映画で描かれた日常を通じて浮かび上がる地方都市の現実からいかに目をそらしてきたか、このラストシーンを目にしてそれを初めて思い知らされた。このシーンだけでも、一見の価値がある。<br>
<br>
　その意味では上に挙げたラストシーンもそうだが、山梨や甲府を故郷に言葉を置き換えるとその他の地方都市にとっても思わず目をそむけたくなる「不都合な真実」が映し出される。しかしそれでも、本作を通じて地方都市の厳しい現状に問題意識を持ち、私自身が生まれ育った土地の現実を真摯に受け止めたい。本作でメガホンを握った甲府市出身の富田克也監督は、地方都市のなかで渦巻く様々な問題が未解決のまま幕を閉じる理由を次のように説明している。「映画の中で解決しても、世の中の方は解決しない。問題を持ち帰ってもらうのがこの映画の役割」（「<a href="http://www.asahi.com/showbiz/movie/TKY201110210304.html" target="_blank">故郷の現状『問題持ち帰って』　『サウダーヂ』富田克也監督に聞く</a>」『asahi.com』2011年10月21日配信）と。<br>
<br>
　富田監督が指摘する「問題を持ち帰ってもらう」重要性には、私もまったく同感である。そこで、具体的な方策すなわち問題の持ち帰り方を考える上で、自らの思いを本音で語るという意味の「アウトトーク」を提案したい。昨年11月12日付の『読売新聞』朝刊のなかで、萌木の村村長舩木上次氏がアウトトークを紹介、その効用について語っている。本音で話すことで内容の質が上がり新たに気づくこともある、見えなかったことが見えてくるようにもなる、と。氏の言う本音で郷里の姿を語り合う上で、本作は恰好のアウトトーク教材と言える。本作では未解決のまま幕を閉じる課題をいかに解決させていくか、映画をきっかけに身近な人々と語り合うなかでその答えを見出していきたい。<br>
<br>
　このように重い映画と言えばご覧になるのを躊躇するかもしれないが、必ずしも最初から最後までがすべて重いというのではないことを強調しておきたい。本作に登場する名もなき若者たちの演技や音楽が笑いやユーモア、ポップさを生み出しており、ロカルノ映画祭凱旋上映でも観客席から時折笑い声が漏れていた。しかもプロの役者を一部除けば、彼ら彼女らの多くが演技経験のない素人だということにも驚かされる。あくまで個人的な感想ではあるが、スクリーンに映し出されるその姿からはそうした素人っぽさがまったく感じられない。むしろ自由で堂々としたその妙演を観ながら、「信じられない。これが私と同じ世代の若者の姿なのか」と舌を巻かされるばかりであった。<br>
<br>
　なかでも、特に強い印象に残った若手キャストとして、先述の田我流ら笛吹市旧一宮町出身者が作るヒップホップグループ「stillichimiya」（スティルイチミヤ）を挙げたい。本作の制作発表イベントで彼らstillichimiyaのラップ、そもそもヒップホップを聴くこと自体初めてであり、のちのクランクアップ記念イベントでも1度耳にしている。その際に記した感想は、かつて『JanJan』に掲載された「<a href="http://janjan.voicejapan.org/culture/0910/0909019616/1.php" target="_blank">映画『サウダーヂ』制作発表イベント潜入記</a>」、「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/14061" target="_blank">映画『サウダーヂ』クランクアップ記念イベント潜入記</a>」をご覧いただければ幸いである。これら拙稿のなかで簡略ながらも紹介したstillichimiyaのラップを、本作では架空のヒップホップグループ「アーミービレッジ」のラップとしてこれを聴くことができる。<br>
<br>
　彼らと同世代の若者はゆとり世代や草食系男子、後述の政治に関しては投票離れや無関心さが言われるが、彼らのラップを聞くとこれらのレッテルのなかで声を上げる若者の逞しさに気づかされる。本作を通じて彼らのラップと久しぶりに接したが、刹那的に生きる若者たちの挽歌に心を強く揺さぶられた。ユーチューブで公開されている本作の予告編でも、ごく一部ながらこの彼らのラップと接することができる。独特の甲州弁ゆえに聞き取れないところもあるだろうが、それを差し置いても次に挙げるリンクからぜひご覧いただきたい（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=9dlaZcbfrqA" target="_blank">【予告編】</a>、<a href="http://www.youtube.com/watch?v=pKc6C5W6ZE8" target="_blank">【予告編パート2】</a>、<a href="http://www.youtube.com/watch?v=d2LrKkMPb9Y" target="_blank">【英訳つき予告編】</a>）。これらの予告編は長さこそ数分程度で短いが、非常に中身の濃い内容が含まれている。これほど逞しい若者たちがいるのかと刺激を受け、彼らの登場する本編にも関心を持ってもらえよう。<br>
<br>
　これら今を生きる若者の怒気を含む叫びといい、以前拙稿のなかで紹介した社会学者の宮台真司氏演ずる政治家役といい、現実社会の政治家にとっては実に手厳しいフィクションと言える。先に紹介した予告編でも取り上げられるシーンを例に挙げると、劇中のライブシーンのなかで田我流演じるラッパーが「あいつらさあ、ちょっと1発言ってやりてえよ。政治家が1番のギャングスターじゃねえか、くそぉ」（「<a href="http://www.youtube.com/watch?v=9dlaZcbfrqA" target="_blank">映画『サウダーヂ』　予告編</a>」『YouTube』2011年5月30日配信）と吐き捨てている。国政レベルでは議員有志で映画上映会が行われることもあるというが、地方選出の国会議員や地方議員にはぜひこうした形のなかで本作を観てもらいたい。かつ願わくば一政治家として、劇中のライブシーンや政治家役の演技から受け取れる痛烈な批判を受け止めてほしいと思っている。<br>
<br>
　ただこれはアマチュア記者の性というべきであろうか、本作のようなフィクション作品を観ていても、ノンフィクションに思えるシーンにはふと無意識のうちに目が行ってしまう。その例をひとつ挙げれば、年老いた女性と若き女性キャストとで交わされる会話、そのうちに前者の女性が歌い始めるシーンである。ちなみに、この何気ない会話シーンがノンフィクションだと言い切れるのには理由がある。実はロカルノ映画祭上映後の記者会見のなかで、富田監督自身が会話シーンの舞台裏を次のように明かしている。なお、次に紹介する貴重な証言は、ロカルノ映画祭公式サイト『<a href="http://www.pardo.ch/jahia/Jahia/home/lang/en" target="_blank">Festival del film Locarno</a>』にて公開された映像をもとに、できるだけ忠実に引用したことを付記しておきたい。<br>
<br>
　〈この映画は何て言うんでしょう、1つの街をテーマにしていますので、その街というのはいろんな人が住んでいる。それは人種でもあるし、世代差でもあるし、で当然格差もあるしということで、今回僕たちはあらゆるそういうことを描きたかったです。<br>
　そのなかにやはりその世代差と世代間ということも描きたくて、やはりそこにまひるがおばあちゃんと縁側に座っているというシーンを撮ろうと思ってやったんですけれども、あれに関してはあのおばあちゃんはもう100歳になろうというおばあちゃんで、もうほぼ何て言うんでしょう、セリフを覚えてもらったりそんなことはできないので、2人に座ってもらってスタートして、おばあちゃんが勝手に歌い始めたことです。<br>
　あのシーンは、本当はスタートしてずうっと撮り続けてて、おばあちゃんずうっと1人でしゃべって、もう私はああもう本当に幸せで、この世にお別れを1人で言い始めたりとか、自分が今までどんな人生を送ってきたかずうっと話して、もう本当にありがとうございます、私の命はあと少しですとお礼を言ってずうっと話して歌を歌ってずうっとそれを撮り続けて、あそこだけまあ使ったんですけれども。〉（「<a href="http://www.pardo.ch/jahia/Jahia/home/Multimedia/cache/bypass/pid/970?appid=25290_36&amp;appparams=http%3A%2F%2Fwww.pardo.ch%2Fjpwafoto%2Fpardo%2Fvideos.do%3Fday%3D12&amp;resetAppSession=true#field_25290" target="_blank">Forum "Saudade"</a>」『Festival del film Locarno』2011年8月12日配信）<br>
<br>
　会見映像の音声に耳を傾けてこれらの発言を起こしながら、以前目にしたノンフィクション作家梯久美子氏の「他人に話を聞くという行為は、1回1回が『出たとこ勝負』である」（『日本経済新聞』2011年9月18日付朝刊）という文章の一節がふと思い出された。私が思うにこのシーンこそ、まさに氏の言う「出たとこ勝負」の好例である。延々と続く話に耳を傾け続ける若きキャスト、会話を打ち切ることなくカメラを回し続けた富田監督らの粘り勝ちを示しているとも言えよう。また、フリーランスライター里信邦子氏のインタビューに対して、「登場人物を映画に従わせるのではなく、撮りたい生活者に合わせて映画を作っていく」（「<a href="http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=30840164" target="_blank">ロカルノ国際映画祭、富田監督作『サウダーヂ』はラップのリズムで甲府市を描く</a>」『swissinfo.ch』2011年8月12日配信）と富田監督は答えているが、ある意味でインタビューにも通じるその映画手法がこのワンシーンに凝縮されているようにも感じられた。<br>
<br>
　これに関連するところで言えば、この会話シーンを観ている時に先述の梯氏が紹介する「かれらをすっぽりと包む繭のようなもの」が見えるような感覚にとらわれた。氏の前出記事によれば、新宿のビルにあるレストランで昼食中、少し離れた席の若き男女の雰囲気が何とも言えず良かったという。ランチタイムの混雑で他の客や店員がテーブルの傍を通っても、ゆったりとした幅のある視線で女性が向かいの男性を見ている。そうした男女を眺めていると、彼らをすっぽりと包む繭のようなものが見える気がしたと梯氏は語る。このエピソードを聞いた時は正直繭の存在に半信半疑であったが、先のシーンを観た時にはまさに氏の言う繭が見える感覚を覚えた。会話相手と1つの繭のなかに入るかのようなワンシーンを通じて、彼女らが教えてくれるインタビューの理想形に学びたい。<br>
<br>
　こうした理由から、文中の政治家はもちろん1人でも多くに本作を観てほしいと思う一方、いわゆる記者クラブメディア、特に山梨県内のメディアでも意欲的に作品を紹介しようとする姿勢は感じられない。記事冒頭で紹介した世界に名だたる映画祭での受賞こそ、多くのメディアがこぞって取り上げてはいる。だがその報道を見ると、受賞の喜びコメントが目当てと言わんばかりの浅い記事が目立つ。それが全国紙など在京メディアのみであればまだ分かるが、実際その流れが映画の舞台となった山梨県内のメディアにまで及んでいる。記者クラブメディアに見るこれら紙面での小さな扱いには、あくまで一取材者、第三者に過ぎぬ私ですら、憤まんやるかたなき思いを抱いてならない。<br>
<br>
　例えば、県内メディア唯一の地方紙『山梨日日新聞』に掲載された関連記事の切りぬきが今手元にいくつか残っている。ここではそれらの関連記事を例に挙げながら、県内唯一となる地方紙の報道を見てみたい。制作着手の2009年に掲載された富田監督インタビュー以降、徐々ではあるが紙面での扱いが小さくなっているように見受けられる。昨年、ナント三大陸映画祭で最高賞を受賞した時すら、それを伝える翌日の紙面は実に呆気ないほど小さな記事であった。受賞翌日の朝刊を開いて、思わず愕然とさせられたことを覚えている。フリーランスライターの小林拓矢氏は同年ツイッターのなかで、「山梨日日新聞は、映画『サウダーヂ』をもっとプッシュしてもいいはずなのだが」（<a href="http://twitter.com/#!/kobayashitakuya/status/132813926533570560" target="_blank">小林拓矢氏のツイッターより</a>）と疑問を呈しているが、これら小林氏の指摘に強い共感を覚える。<br>
<br>
　次に県内の放送媒体の報道を見る上で、ロカルノ映画祭凱旋上映後に行われた富田監督のトークショーをその例に挙げたい。2部構成で行われる両上映回とも満員御礼、上映当日は立錐の余地がないほどの大入状態であった。私が参加した第2部では、山梨放送の若手男性アナウンサーが司会を務めたが、一観客としては聞き手の突っ込みが物足りずに消化不良の感が否めない。終了間際には駄目押しで次回作構想に関する質問など、今回のトークショーで肝心の質問を聞かずに最後それを尋ねるのかと内心思っていた。それというのも、先月県内では初めてロードショー上映が行われたと紹介したが、主なロケ地である甲府市ではいまだに上映の見通しすら立っていない。そうした現状を考えれば、聞き手として当然聞くべきところのロードショー上映の目途すら聞かず、トーク終わりに次回作構想を尋ねるという姿には最後まで本作を観たのかさえも疑わしく感じられる。<br>
<br>
　ちなみに、前述した富田監督のトークショーは、2部構成の両上映回ともユーストリームにて生中継され、現在はその録画映像で上映当日の様子を知ることができる。当日参加が叶わなかった第1部はどうだったのだろうと早速この録画映像を見たが、司会の中堅男性アナウンサーが映画通らしく、先に挙げた第2部に比べれば質問の質ははるかに高く感じられた。そのなかで唯一違和感を覚えたのは、「まあ非常に美しい映画、そして日本の状態が非常に分かったというのがまあ審査員の方の主な意見で」（「<a href="http://www.ustream.tv/recorded/16900841" target="_blank">『サウダージ』凱旋上映　1部終了後　舞台挨拶</a>」『ustream.tv』2011年8月27日配信）という発言である。文字通り映画祭審査員の意見を紹介したに過ぎないのかもしれないが、本作を観ながら美しいという表現を引く発言自体、本作とは対照的に軽躁に思えてならない。<br>
<br>
　もちろん、先に紹介した甲府市内でのロードショー上映の現状がすべて記者クラブメディアの責任であるなどと言うつもりはない。大手配給会社以外の映画を鑑賞できる機会自体が少なく、それに加えて市内にある映画館の相次ぐ撤退も重なる現実があることは承知している。だが、そうしたなかでもインディペンデント映画の上映に向けて、映画上映会「<a href="http://atemzeit.fem.jp/gt/" target="_blank">悶★カーニバル</a>」が開催される動きも出てきている。企画者のひとりでウェブディレクターの日向正親氏は、この上映会の狙いについてこう説明している。「今、県内で見られるような商業映画は、制作に多くの利権が絡み、監督の映画への思いは、そがれてしまっている。一方で商業性の低い映画は、誠実に映画に向き合った力のある作品が多い。そんな作品を紹介したい」（『読売新聞』2011年12月15日付朝刊）。日向氏の強い意気込みには心から賛同する一方で、そうした姿勢は真っ先にメディアが示してしかるべきである。<br>
<br>
　というのも、メディアの片隅に身を置く立場に過ぎぬ私ですら、取材や原稿執筆の際はジャーナリスト松原耕二氏の文章を座右に置いて時折読み返している。そのなかで、作家山口瞳の言葉で「ジャーナリストとは、他人のファイン・プレイを探して世の中に紹介する仕事だ」を紹介する松原氏は、報道で最も重要な仕事について次のように指摘している。「報道の最も大事な仕事が権力の監視であることは議論の余地はないだろう。だが、いい仕事をした人に敬意を払うことも我々の大事な仕事のひとつだと思う」（「敬意」『松原耕二のクロスコラム』2010年5月27日配信）と。「いい仕事をした人」という意味で言えば、前述の富田監督らも決して例外ではない。いわゆる持ち出しで自らの貯金や給料を映画制作に注ぎ込み、不足分は制作支援カンパで補って本作を完成させている。富田監督は東京都内でトラック運転手として勤務し、その給料を今回の映画制作に注ぎ込んだという。<br>
<br>
　それはロカルノ映画祭凱旋上映の第2部でも、富田監督自らその映画制作について「まさか僕たちのように仕事をしながら映画を作ってまた給料を、稼いだ給料をまた映画に使ってみたいなことはもう信じられないことです。ヨーロッパの映画作家たちにとってみると」（「<a href="http://www.ustream.tv/recorded/16904152" target="_blank">『サウダージ』凱旋上映　2部終了後　舞台挨拶</a>」『ustream.tv』2011年8月27日配信）と語っている。私などはインディペンデントなどと気安く言っているが、それを地で行く富田監督らにはそれほど生やさしいものではない。新聞や放送媒体といった記者クラブメディア、特に山梨県内のメディアには、本作に懸けるこれらスタッフ陣の思いをどうか真剣に受け止めてもらえないだろうか。そして先述した松原氏の言う通り、ジャーナリストの重要な仕事として「いい仕事をした人に敬意を払うこと」を決して忘れないでほしい。<br>
<br>
　ロカルノ映画祭上映後の記者会見で答えた富田監督いわく、地方都市での在日外国人らとのあつれきや中心市街地の空洞化といった問題は表面化しておらず、そもそも日本ではその問題意識すら共有されぬ現状が続いているという。ただ、そうした現状のなかでも多くの市民の力によって、これらの問題を表面化させる力作が世に生まれたことは勇気と希望を与えてくれる。一昨年3月3日付の『JanJan』に掲載された「<a href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51704048.html" target="_blank">なぜ記者クラブ問題ではウソがまかり通るのか</a>」のなかで、一部のフリージャーナリストに関して「その影響力は、私のようなアマチュア記者の何十人、いや何百人分と言っても過言ではないはずである」と記したが、在京はもちろん特定地域で圧倒的に読まれる地方メディアも当てはまろう。かと言ってその大きな影響力を過信することなく、重いテーマを抱える本作をこれだけ豊かな言葉で語り、世の中に紹介できるというところを私たちに見せつけてもらいたい。<br>
<br>
<DIV align="right">（文中一部敬称略）</DIV><br>
「サウダーヂ」　2011年／167分／35ミリ／カラー<br>
監督：富田克也　脚本：相澤虎之助、富田克也<br>
エグゼクティブ・プロデューサー：笹本貴之　プロデューサー：伊達浩太朗、富田智美<br>
撮影：高野貴子　録音・音響効果：山﨑厳　助監督：河上健太郎<br>
編集：富田克也、高野貴子　スチール撮影：廣瀬育子<br>
出演：鷹野毅、伊藤仁、田我流（stillichimiya）、ディーチャイ・パウイーナ、尾﨑愛、工藤千枝、デニス・オリヴェイラ・デ・ハマツ、イエダ・デ・アルメイダ・ハマツ、野口雄介、中島朋人（鉄割アルバトロスケット）、亜矢乃、川瀬陽太ほか<br>
制作：空族、「サウダーヂ」製作委員会<br>
公式ウェブサイト：<a href="http://www.saudade-movie.com/" target="_blank">http://www.saudade-movie.com/</a><br>
<br>
関連記事<br>
映画「サウダーヂ」制作発表イベント潜入記（JanJanニュース）<br>
<a href="http://janjan.voicejapan.org/culture/0910/0909019616/1.php" target="_blank">http://janjan.voicejapan.org/culture/0910/0909019616/1.php</a><br>
映画「サウダーヂ」にエキストラ出演しました（大泉千路のブログジャーナル）<br>
<a href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51674300.html" target="_blank">http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51674300.html</a><br>
映画「サウダーヂ」クランクアップ記念イベント潜入記（JanJanBlog）<br>
<a href="http://www.janjanblog.com/archives/14061" target="_blank">http://www.janjanblog.com/archives/14061</a><br>
<br>
<DIV align=right>（「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/67574">この国の政治家にこそ観てもらいたい映画『サウダーヂ』</a>」『JanJanBlog』2012年3月24日付より）</DIV>]]> 
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<name>ooizumichiji777</name> 
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<title>『文藝春秋』2012年2月号を読んで</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51911752.html" />
<modified>2012-02-21T16:01:24Z</modified> 
<issued>2012-02-17T13:06:31+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2012:ooizumichiji777.51911752</id>
<summary type="text/plain">　高校時代に初めて校内の図書館で手に取った時以来、これまでほぼ欠かすことなく月刊『文藝春秋』を愛読している。それもあってだろうか、かつて『JanJan』に掲載された拙稿のなかでも「文藝春秋2月号『20歳の若者が語る明日』に思う」や「塩野七生氏に異議あり！　なぜ記者...</summary> 
<dc:subject>レビュー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51911752.html">
<![CDATA[　高校時代に初めて校内の図書館で手に取った時以来、これまでほぼ欠かすことなく月刊『文藝春秋』を愛読している。それもあってだろうか、かつて『JanJan』に掲載された拙稿のなかでも「<a href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51691529.html" target="_blank">文藝春秋2月号『20歳の若者が語る明日』に思う</a>」や「<a href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51661868.html" target="_blank">塩野七生氏に異議あり！　なぜ記者クラブ全廃が必要なのか</a>」など、同誌の掲載記事を取り上げる機会が多かった。もちろん今月号も発売されてすぐむさぼるように読んだが、その期待を裏切らない読み物揃いでそれら1つひとつが実に面白かった。<br>
<br>
　そのうちいくつか例を挙げると、まず今号の特集で初公開された元内閣官房副長官石原信雄氏の「石原信雄メモ『大喪と即位の礼』」である。この記事のなかで語られる「平成が始まった日」は、私のような平成生まれの世代こそ知っておくべき重い歴史であるに違いない。そして「昭和から平成へ」といった事態を想定して民主党政権が準備しているか不安だという石原氏の指摘を重く受け止める必要があるとひしひしと感じた。<br>
<br>
　次に特別企画より、ノンフィクション作家火野春夫氏の「キムタクとマツコ・デラックス『2人は本当の「同級生」』」。この記事の冒頭、かつて一時期高校の同級生であったSMAPの木村拓哉とコラムニストのマツコ・デラックスの再会シーンという書き出しに引きつけられる。そこから読み進めるうちに見えてくる、今のマツコからは到底想像すらつかない暗い過去は実に衝撃的でもある。その一方で、マツコに見た逆境を乗り越える力から、不思議と勇気づけられるような思いがした。<br>
<br>
　最後に誌内併録の『本の話』2月号より、エッセイスト阿川佐和子氏の「<a href="http://hon.bunshun.jp/articles/-/469" target="_blank">自著を語る　相づちの打ち方から会話のツボまで</a>」を挙げたい。近著『聞く力』（文春新書）より一部紹介される「聞く極意」はもちろん、氏が紹介する作家阿川弘之氏の言葉で「少し上手くなったと思うと筆が滑るから気をつけろ。（阿川弘之氏の師である）志賀直哉先生の目に止まると思って書け」は、プロの書き手や聞き手ならずとも文章を書いたり日常会話を交わしたりする上で大いに参考になる。かくいう私自身この記事を読みながら、手元にあった紙の切れ端に思わずこれらの言葉を書きつけた。<br>
<br>
　その他にも、不況や就職難の現代を生きぬくために学ぶべき歴史や知識、名文や名講演から得られる人生のエッセンスがたっぷりと詰まっている。過去の掲載記事で言えば、「永久保存版　心に灯がつく人生の話」（2011年8月号）、「大型企画　運命を変えた手紙」（同9月号）などが当てはまるだろう。だからこそ総合誌を読まないと言われる若い同世代にも、月刊『文藝春秋』を一人でも多くに読んでもらいたい。騙されたつもりで1度読んでも、決して損はないと受けあう。<br>
<br>
　（<strong>後記</strong>）　今回の書評を通じて、月刊『文藝春秋』を手放しで賞賛しているように受け取られる読者がいるかもしれない。だが、冒頭で紹介した拙稿からも分かるように必ずしもそうではない。以前ツイッター上に書き込んだ「誌面内容の高齢者向け傾向に拍車化がかっていることが愛読者の私には気がかり」（<a href="https://twitter.com/#!/oizumichiji/status/24340181410648064" target="_blank">筆者のツイッターより</a>）であることにまったく変わりはない。ただ、それを差し置いても同誌を読む価値はあるという思いで書評を書いたつもりである。読者各位には以上の後記にて、筆者としての真意をご賢察賜れれば幸いである。（2012年2月16日記、文中一部敬称略）<br>
<br>
<DIV align=right>（「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/63151">『文藝春秋』2012年2月号を読んで</a>」『JanJanBlog』2012年2月16日付より）</DIV><br>
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%96%87%E8%97%9D%E6%98%A5%E7%A7%8B-2012%E5%B9%B4-02%E6%9C%88%E5%8F%B7-%E9%9B%91%E8%AA%8C/dp/B006MWUIAW%3FSubscriptionId%3DAKIAIM37F4M6SCT5W23Q%26tag%3Dlvdrfree-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB006MWUIAW" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51QYGbLs%2BbL._SL160_.jpg" alt="文藝春秋 2012年 02月号 [雑誌]" border="0" hspace="5" class="pict" align="left" /></a><a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%96%87%E8%97%9D%E6%98%A5%E7%A7%8B-2012%E5%B9%B4-02%E6%9C%88%E5%8F%B7-%E9%9B%91%E8%AA%8C/dp/B006MWUIAW%3FSubscriptionId%3DAKIAIM37F4M6SCT5W23Q%26tag%3Dlvdrfree-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB006MWUIAW" target="_blank">文藝春秋 2012年 02月号 [雑誌]</a><br />販売元：文藝春秋<br />(2012-01-10)<br />販売元：Amazon.co.jp<br /><a href="http://blogpark.jp/review/asin/B006MWUIAW/" target="_blank" title="文藝春秋 2012年 02月号 [雑誌]">クチコミを見る</a><br style="clear:left;" />]]> 
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<title>2012年　新年のご挨拶</title> 
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<modified>2012-01-30T02:40:55Z</modified> 
<issued>2012-01-02T12:19:54+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">　明けましておめでとうございます。さて早速ですが、東日本を中心に地震と津波、原発災害が起こった昨年、その年末に繰り返し聞かれたなかで印象深く残っている言葉があります。それはまず「故郷」（ふるさと）、そして次に「忘年ではない、越年。全ての課題が歳を越して持...</summary> 
<dc:subject>お知らせ</dc:subject>
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<![CDATA[　明けましておめでとうございます。さて早速ですが、東日本を中心に地震と津波、原発災害が起こった昨年、その年末に繰り返し聞かれたなかで印象深く残っている言葉があります。それはまず「故郷」（ふるさと）、そして次に「忘年ではない、越年。全ての課題が歳を越して持ち越される」（<a href="http://twitter.com/#!/iwakamiyasumi/status/153360948269297665">岩上安身氏のツイッターより</a>）です。前者は言わずと知れた大みそか恒例の「<a href="http://www.nhk.or.jp/">第62回　NHK紅白歌合戦</a>」のなかで披露された楽曲のタイトルや歌詞、後者はネット上で配信された年末年始特番「<a href="http://iwj.co.jp/">新生IWJぴよぴよ！『ウラ番組をぶっ飛ばせ！IWJが見た！伝えた！激動の2011年』</a>」でのジャーナリスト岩上安身氏の言葉です。同じく年末に聞かれたこれらの言葉は記事冒頭に述べた諸課題、それを抱える被災地を意識してのものと理解しています。激動と言うべき1年であった昨年ほど、人々にとっての「故郷」（ふるさと）、それに関連して先述の岩上氏が言う「歳を越して持ち越される」諸課題を意識した年越しはありません。被災地が抱える問題はもちろんのことですが、わが郷里山梨の地方都市にある中心商店街の空洞化といった問題の取材、その記事化を通して、先に紹介した人々にとっての「故郷」、「歳を越して持ち越される」問題とは一体何か、自らにできうる範囲でそれらの意味を突きつめて考えていく所存です。『大泉千路のブログジャーナル』を本年もご愛読下さいますよう、どうぞよろしくお願い致します。末筆ながら、読者の皆さまにとって本年がよりよい年となりますよう心よりお祈り申し上げます。<br>
<br>
　　　平成24（2012）年　新春<br>
<img src="http://livedoor.blogimg.jp/ooizumichiji777/imgs/4/1/413eb32a.jpg" width="180" height="60" border="0" alt="大泉 千路" hspace="5" class="pict" align="right" />]]> 
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<title>竹中労没後20年目の年に竹中英太郎記念館を訪ねて</title> 
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<modified>2011-10-26T22:47:21Z</modified> 
<issued>2011-05-19T16:56:32+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">　〈歴史を振り返れば、西暦の末尾が「1」の年は、時代の大きな転換点となる出来事が多い。1931年は羽田空港が開港、41年には太平洋戦争が開戦した。さらに71年には日本人の食生活に大きな変化をもたらしたマクドナルドが日本に進出している▼21世紀の幕が開けた2001年。「聖...</summary> 
<dc:subject>日々雑感</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51847594.html">
<![CDATA[　〈歴史を振り返れば、西暦の末尾が「1」の年は、時代の大きな転換点となる出来事が多い。1931年は羽田空港が開港、41年には太平洋戦争が開戦した。さらに71年には日本人の食生活に大きな変化をもたらしたマクドナルドが日本に進出している▼21世紀の幕が開けた2001年。「聖域なき構造改革」を掲げた小泉純一郎首相が誕生した。「自民党をぶっ壊す」と叫び、旧弊に風穴をあけたのは記憶に新しい▼（引用者注、今年1月の山梨県知事選や甲府市長選で「伊達直人」と書かれた票が投じられた）今回、有権者の一部が“待望”したタイガーマスクが、覆面レスラーとしてリングに登場したのも「1」がつく1981年。〉（『山梨日日新聞』2011年2月4日付朝刊）<br>
<br>
　上に引いた文章は、2月4日付の『山梨日日新聞』に掲載されたコラム記事の一部である。コラム記事の筆者の指摘には同感であり、かくいう私もこの文章を興味深く読んだ読者のひとりである。ただ、これにひとつつけ加えられるならば、「ケンカの竹中」「反骨のルポライター」として知られる竹中労（以下、労と記述）がこの世を去った1991年を迷わず挙げたい。勘の鋭いブログ読者の方ならば、ここまでの文章ですでにお気づきかも知れない。そう、あれから長い歳月を経て今年2011年は没後20年という節目の年、そして今日5月19日は労の命日にあたるわけである。<br>
<br>
　記事のタイトルを目にした読者のなかには、何故労節目の年に「竹中英太郎記念館を訪ねて」なのかと訝しがる方がいるかも知れない。そうした読者のために説明すると、実は記念館の名に冠されている挿絵画家の竹中英太郎（以下、英太郎と記述）が労の父親なのである。ちくま文庫から刊行された<a href="http://www.chikumashobo.co.jp/author/001910/" target="_blank">労の著作</a>にも「父親は画家の竹中英太郎」と記されているが、意外にも労ファンですらその事実を知る人は少ない。生前の労の遺言によって英太郎の挿絵を相続した妹の金子紫氏（以下、紫館長と記述）が2004年4月に「湯村の杜　竹中英太郎記念館」を開館した。現在は、同館の館長として後述する金子望主宰（以下、望主宰と記述）とともに管理運営に努めている。<br>
<br>
　ただ、このように言っている私も評論家鈴木邦男氏のブログを訪れる今年はじめまで、英太郎記念館の存在すら知らなかったひとりである。鈴木氏のブログ記事のなかに同館を紹介する次のような一文が記されている。「甲府に、『竹中英太郎記念館』があります。竹中労さんの資料もあります。私は編集者と共に取材に訪れました。館長は金子紫さんです。竹中労さんの妹さんです。とてもお洒落な記念館でした」。これに加えて氏はこうも言っている。「労さんの話をたっぷりと聞かせてもらいました。（中略）すっかりご馳走になってしまいました。おいしかったです」（「<a href="http://kunyon.com/shucho/101227.html" target="_blank">全身ジャーナリスト・田原総一朗さんの激闘50年</a>」『鈴木邦男をぶっとばせ！』2010年12月27日付）と。<br>
<br>
　これほどまでに鈴木氏に高く評価される記念館であれば、好奇心がむくむくと頭をもたげて足を運んでみたくなる。ましてや今年は竹中労没後20年である、氏の言葉を借りて言えば「じゃ、行ってみなくっちゃ。そして、労さんのことも、もっと教えてもらわなくちゃ」（「<a href="http://www.kunyon.com/shucho/101018.html" target="_blank">竹中労と『中洲通信』の奇跡</a>」『鈴木邦男をぶっとばせ！』2010年10月18日付）というわけである。かくして今年も2月に入ったころ、紫館長と訪問の予定日時をメールでやり取りしたのち英太郎記念館を訪ねた。記念館に一歩足を踏み入れると、そこには晩年の英太郎が労の依頼で書き下ろした装画、推理作家江戸川乱歩らの作品に用いられた挿絵の原画などが暖かくも落ち着いた照明に照らされていた。<br>
<br>
　英太郎記念館の館内に入って入館料を支払うと、慣れた口調で望主宰からまず記念館についての短い説明があった。その後タイミングを見計らって質問メモを取り出し、「質問を用意してきたのですがよろしいでしょうか」と訊ねる。すると即座に「どうぞ、何でも聞いて下さい」と快諾、にこやかな笑顔も見せてくださった。ただ、望主宰は次の予定が入っていると聞き、主宰が実行委員長を務めていた「<a href="http://takenaka-kinenkan.jp/award/" target="_blank">山梨文学シネマアワード2011</a>」（今年2月に甲府・湯村温泉郷にて開催）について単刀直入に質問を切り出した。この映画イベントの開催直前に望主宰が実行委員長を退任し、甲府事務局であった記念館は一協賛社としての協力に留めるとの発表がなされていたためである。<br>
<br>
　これらについて発表する館長ブログにはその理由が詳しく書かれておらず、それゆえに正直言って突然の方針転換の真意を測りかねる部分があった。そうした理由から今回の取材の機会に直接疑問をぶつけたのだが、これに対して望主宰は真剣な表情で映画イベントの内情について実に詳しく語ってくださった。そのなかで、これは内密にして欲しいとクギを刺されることもほとんどなかったと言って良い。それにも関わらず発言内容の紹介を避けるのは、改めて取材ノートを読み直して一市民記者に過ぎぬ私の手には到底負えないと怖気づいたためである。限られた時間のなかで質問に真剣に答えてくださった望主宰に、この場を借りて自らの力不足を深くお詫びしたい。<br>
<br>
　事前に用意した質問を一通り終えると、「これを書かせたら誰にも負けないというテーマ（政治や芸能、映画など）、書き手としての強みを作ること」とのアドバイスをいただいた。上から目線という誤解を恐れずに言えば、さすが元電通マン、マーケティングのプロが語る言葉には説得力があると感じさせられた。以前に読んだジャーナリスト日垣隆氏の『ラクをしないと成果は出ない』（だいわ文庫）のなかに「さらりと言われたアドバイスは、説教より身にしみる」という言葉があるが、今回のアドバイスはまさにそれを体感する経験であった。日垣氏の言葉を借りて言えば望主宰の「さらりと言われたアドバイス」に感謝しつつ、先に紹介したアドバイスを実践に移していきたいと思う。<br>
<br>
　次の予定が入っている望主宰が出て行かれるのを見送ると、事前に用意した質問の続きを紫館長にお答えいただいた。「記念館の事、知事選の事、そしてなによりも労さんの事について沢山の質問がありました」（「<a href="http://takenaka-kinenkan.jp/diary/log/eid1843.html" target="_blank">礼儀正しい青年・・・・・・・</a>」『竹中英太郎記念館　館長日記』2011年2月7日付）と館長ブログに書かれている通り、今回の取材では主に「家族から見た竹中労」についてその妹である紫館長にお話をうかがった。特に興味深かったのはこれまでに聞いたことのない竹中英太郎一家の話、なかでも父英太郎と息子労の一風変わった親子関係である。血は水よりも濃いとはよく言われる例えであるが、今回の取材ほどそれを強く思い知らされたことはない。<br>
<br>
　それほど衝撃を受けた証言の一部を紹介すると、「私は父に怒られたことはないが、労さんには特別厳しかった。それは（労さんが）男の子だったからではないか」と紫館長。事実、館内に置かれていた漫画家グレゴリ青山氏の『ブンブン堂のグレちゃん』（イースト・プレス）には、「親父が息子を（階段から）突き落とした」と紫館長の証言を物語るエピソードが紹介されている。傍から見れば実に変わった親子関係であるが、特に自らに厳しい父英太郎を息子労はどのように見ていたのか。それについて、「父親を100パーセント崇拝していた。だからすごい親子関係ですよね」と紫館長は言う。ちなみに、そうした労の息子からは「（竹中労を父として）尊敬している」との言葉を聞いたことがある、とも。こうした話を聞きながら、血は水よりも濃いがその血もまた脈々と受け継がれている、と感じるのであった。<br>
<br>
　この他にも、竹中労没後20年の今年は記念館で労の企画展ができれば、また記念館を訪れる熱心な労ファンの若者から伝記を書きたいという話があると教えてくださった。労没後20年の企画関連で言うと、フリーペーパー『桜座スクエア』2月号のなかで同誌編集人の高野豊氏が「今年は、竹中労没後20周年。企画を思案中。関心のある方は、本誌まで」（『桜座スクエア』2011年2月号）と述べている。これらの企画はまだ思案中とのことだが、その他にもすでに進行している企画がある。例えば、今回の取材のなかで労ファン著名人の寄稿をまとめた一冊が河出書房新社から刊行予定だと聞いたが、先月には先述の鈴木氏や紫館長のブログでも正式に公表されている。<br>
<br>
　こうして何時間にもわたる取材のなかで、拙いインタビュアーに対して実に親切かつ誠実に紫館長は答えてくださった。それも何処の馬の骨とも知れない男にである、それゆえに取材中は終始一取材者としての僥倖を強く感じていた。そして何よりも記念館に入ってからその場を辞すまで、徹底した細やかな気遣いに心からの感動を覚えた。例えば、館内に入って勧められた椅子に腰かけると温かいコーヒーでのもてなし、その後矢継ぎ早に質問を続けているとコーヒー冷めてしまいましたねと言って淹れ直してくださった。そうしたことから、記事の冒頭で紹介した「すっかりご馳走になってしまいました。おいしかったです」という鈴木邦男氏の言葉はその通りだと強く納得した。<br>
<br>
　大変ありがたい気遣いという意味で言えば、館長ブログに掲載された記事中の一文もそのうちのひとつである。今回の取材後すぐに掲載されたブログ記事のなかで、筆者の印象について次のように書いてくださった。「編集・執筆活動をされていらっしゃる大泉様、まだ20歳という若さで、こんなに礼儀正しい青年は、はじめてかも知れません。／とても素敵な時間を持てました」（前出「礼儀正しい青年・・・・・・・」）と。取材を終えて自宅でメールを送ろうとするとすでにお礼のメールが届いていたこともそうだが、このブログ記事での最大の賛辞には一取材者として非常に感激させられた。最後の最後まで相手への心配りを忘れない、紫館長はまさに「気遣いの人」なのであった。<br>
<br>
　ただその一方で、実際のところ自虐的ではなく実に課題の残る取材であった。例えば、取材前の資料読みなど事前準備の不十分さや自らの語彙の乏しさなどもあって、相手から返ってきた言葉に対して「そうですか、分かりました」という一言を繰り返していた。また、先述のブログ記事によると、実は取材当日紫館長はのどを痛められていたのだという。のどの痛みひとつ見せず気丈に質問1つひとつ答えてくださったが、体調の不調を感じ取れなかったのは自らの観察眼が足りなかったことに尽きる。インタビューの経験が少ないという言い訳に甘えず、今回の失敗を今後の取材活動に活かしていきたいと思う。取材当日のどを痛めるなかで親切に対応していただいた紫館長、お忙しいなかにできる限り質問に答えてくださった望主宰にこの場を借りて深く御礼申し上げたい。<br>
<br>
　<b>あとがき</b><br>
　記事の冒頭で述べた通り、今日5月19日は竹中労没後20年目の命日である。そうしたタイミングに合わせて記事を掲載したと言えば聞こえは良いが、実際のところ取材から原稿完成までに約3ヶ月もかかってしまったというのが本音である。それは記事の書き出しに呻吟することにはじまり、数行書いてはまた書き直すという繰り返しであったが、ようやく原稿を書き上げて今こうしてあとがきをパソコンに向かって書いている。このあとがきを書き終えたならば、きょうの晩にちょうど手元にある竹中労の『決定版　ルポライター事始』（ちくま文庫）に目を通したいと考えている。それは、端的に言うと作家五木寛之氏の言葉に影響されているところが大きい。五木氏は自らの著書『人間の覚悟』（新潮新書）のなかで、亡くなった作家の偲び方について次のように述べている。「作家が死んだ場合は、その人の本をその晩、1冊読むということを慣例にしています。私自身は、葬儀場で手を合わせられるより、そのほうが作家にとってありがたいことだと思うからです」と。労の場合は鬼籍に入ってからすでに20年経っているが、葬儀場を墓所という言葉に置き換えて考えてみるとそのほうが喜ぶのかも、というのは個人的な感想である。こうした理由から、今日という日に労の著書1冊を読んで偲ぶ、静かに思いを馳せる機会としたいと思っている。ここまで読んでくださったブログ読者の皆さんも、今日の晩にお手元や近くの図書館にある労の著書を１冊読んでみませんか――。<br>
<br>
　　　ルポライター竹中労没後20年目の命日に<br>
<br>
<p style="text-align: right">筆者記す</p><br>
【湯村の杜　竹中英太郎記念館】<br>
　・所在地：〒400-0073　山梨県甲府市湯村3-9-1<br>
　・アクセス：JR甲府駅南口から山梨交通バス利用で約15分（湯村温泉方面）<br>
　・入館料：大人300円（高校生以上）、小人200円（小・中学生）<br>
　・開館時間：午前10時から午後4時まで<br>
　・休館日：火曜日、水曜日（臨時休館あり）<br>
　・電話番号：055-252-5560<br>
　・ホームページ：<a href="http://takenaka-kinenkan.jp/" target="_blank">http://takenaka-kinenkan.jp/</a><br>
<br>
<DIV align=right>（「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/39938">竹中労没後20年目の年に竹中英太郎記念館を訪ねて</a>」『JanJanBlog』2011年5月19日付より）</DIV>]]> 
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<title>被災地へのメッセージ―再掲・ルポ記事あとがきより</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51835771.html" />
<modified>2011-03-28T12:53:31Z</modified> 
<issued>2011-03-28T21:47:14+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:ooizumichiji777.51835771</id>
<summary type="text/plain">　〈今回、自宅のパソコンに向かってレポート記事を推敲しているところに、現在大きな被害をもたらしている東日本大地震が起こった。財産を失い住居を失い家族をも失う――今回の地震で被災された方々に突きつけられた過酷な現実に対し、それを報じるテレビのニュース番組を...</summary> 
<dc:subject>おくやみなど</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51835771.html">
<![CDATA[　〈今回、自宅のパソコンに向かってレポート記事を推敲しているところに、現在大きな被害をもたらしている東日本大地震が起こった。財産を失い住居を失い家族をも失う――今回の地震で被災された方々に突きつけられた過酷な現実に対し、それを報じるテレビのニュース番組を観るしかできぬ自らの無力さを感じている。現在は少額ながら義援金を送金することしかできないが、今自らにできることは一体何かと深く考えてならない。なお、先述した義援金の送金に関しては、今月13日付の『JanJanBlog』に掲載された「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/33503" target="_blank">東北地方太平洋沖地震　救援ネット募金一覧</a>」や糸井重里氏主宰の『<a href="http://www.1101.com/index.html" target="_blank">ほぼ日刊イトイ新聞</a>』に掲載されている「<a href="http://www.1101.com/20110311/" target="_blank">東日本大地震のこと。</a>」を参考にご協力いただければと思う。末筆ながら、現在大変な避難所生活を強いられている被災者の皆さまへのお見舞い、今回の地震で亡くなられた犠牲者の方々のご冥福をお祈り申し上げたい。東日本大地震で被災された方々や被災地が1日も早く現状回復、復旧復興を遂げられますように――。<br>
<br>
<DIV align="right">平成23年3月　筆者記す〉</DIV><br>
<DIV align=right>（「<a href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51832692.html">『作家椎名誠×ジャーナリスト日垣隆公開対談』現場報告</a>」より一部転載）</DIV><br>
　<b>追記</b><br>
　この度の東日本大地震により寒さ厳しき避難所や支援物資の少ない自宅での生活を強いられている被災者の皆さまに改めてお見舞い申し上げます。それとともに、今回の大地震にて犠牲となられた方々とご家族の皆さまに対しまして深くお悔やみを申し上げます。被災された皆さまとその被災地が一刻も早く「復活」できますよう心からお祈りしております。大泉千路拝（平成23年3月28日追記）]]> 
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<title>「作家椎名誠×ジャーナリスト日垣隆公開対談」現場報告</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51832692.html" />
<modified>2012-03-05T09:30:37Z</modified> 
<issued>2011-03-17T18:25:18+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:ooizumichiji777.51832692</id>
<summary type="text/plain">　今月5日、ジャーナリスト日垣隆氏の有料メールマガジン『ガッキィファイター』を主催に、東京都新宿区にある全国身体障害者総合福祉センター（戸山サンライズ）にて公開対談「冒険、人生、家族、親子、継続の秘儀」が開催された。対談のゲストは、作家でエッセイストでもあ...</summary> 
<dc:subject>日々雑感</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51832692.html">
<![CDATA[　今月5日、ジャーナリスト日垣隆氏の有料メールマガジン『<a href="http://www.gfighter.com/" target="_blank">ガッキィファイター</a>』を主催に、東京都新宿区にある全国身体障害者総合福祉センター（戸山サンライズ）にて公開対談「冒険、人生、家族、親子、継続の秘儀」が開催された。対談のゲストは、作家でエッセイストでもある椎名誠氏。あえて記事冒頭に告白すると、私は必ずしも椎名氏の著書の熱心な読者ではない。ただ日垣氏の著書はいくつか読んでおり、メルマガ読者イベントの講義録がもとになった新書を読んで一度参加してみたいと思っていた。そうしたところ、ある日ツイッターのタイムライン上に次のようなつぶやきが流れてきた。<br>
<br>
　〈何でも公開対話！【作家の椎名誠さん×日垣隆】　「冒険、旅、大人の遊び、子離れ、夫婦、文筆、継続、仕事…」。今から8時間以内なら破格にてご参加できます。8時間後から定価に。会場にて、ご希望者全員に椎名さんのサイン本も。〉（<a href="http://twitter.com/hga02104/status/39947835420053505" target="_blank">日垣隆氏のツイッターより</a>）<br>
<br>
　上に引いた公開対談のテーマ項目いずれも気になる内容であり、希望者全員に椎名氏がもれなくサインという言わばイベント参加特典にも惹かれるものがあった。こうした理由から、今回の対談イベントは有料ながら氏の公式サイトを通じてすぐに参加を申し込んだ。ちなみに、参加費は一般参加者で3500円、メルマガ読者は2100円である。その参加費のモトが取れたかどうかは後述に回すこととしよう。その後自動返信で申込確認のメール、同日夜には会場を知らせる「当日のご案内」メールが届いた。参加申込後の素早い対応には、実に関心させられるものがあった。<br>
<br>
　公開対談当日の朝、記録用の大学ノートや筆記具、会場までの地図や時刻表などをカバンにつめ込み、いざ山梨から電車に乗って大都会東京へ。対談会場に向かう前、東京・八幡山にある大宅壮一文庫に立ち寄ったためまさか遅刻しないかと焦ったが、ポータルサイト『<a href="http://www.goo.ne.jp/" target="_blank">goo</a>』で事前に印刷した時刻表が役に立ってなんとか遅刻することなく会場までたどり着けた。まさに、インターネットの路線検索様さまである。早速、ガラス張りの自動ドアを抜けてあたりをきょろきょろと見渡すと、ロビー入口の脇に案内板が置かれており公開対談の会場は2階の大研修室と書かれている。<br>
<br>
　早く2階へと向かうべく近くのエレベーターに乗ろうかとも思ったが、それを待っている時間がもったいないと急に思いはじめた。そのため、エレベーターよりもさらに奥の階段マークのある方向に向かい、階段を上ろうとすると上から下りてくるスーツ姿の男性の足が見えた。思わず少し頭を下げて（これはいつの頃からか誰にでも反射的に）すれ違いざまにその男性の横顔をちらりと見ると、偶然にも先述した日垣隆氏その人であった。「あっ、日垣さんだ…」と柄にもなくミーハーな言葉を思わず口走りそうになるも、その言葉を飲み込み階段を上って2階へと到着する。<br>
<br>
　その先にある長い廊下を突き進んでいくと、「椎名誠さん×日垣隆　公開対話『冒険、人生、家族、親子、継続の秘儀』」と書かれた看板の脇に長机が置かれており、そのうしろに男性と女性のスタッフが1人ずつ立っているのが見えた。2人のスタッフは、目先にあるエレベーターから下りてきた参加者の応対に忙殺されている。私が受付に向かうと、スタッフから「こんにちは」と言葉をかけられた。私も反射的に「こんにちは」と言ってから名前を名乗ると、「（長机の上にきれいに並べられた）名札は五十音順に並べていますので、ご自分の名札を取って先にお進みください」と男性スタッフ。対談開始15分前にまだ結構な数の名札が並べられていたが、中央に参加者の名字が大書きで印字され、その右下に氏名が添えられた名札ゆえにすぐに自らの名札を見つけられた。<br>
<br>
　その後、男性スタッフから質問用紙を受け取ってから会場の大研修室のなかへと進んだ。終始扉が開け放たれたままの大研修室のなかに入るとすぐ目の前に長机があり、その机には日垣氏のサイン入り著書、椎名氏の著書がずらりと並べられている。日垣氏の著書は日頃公式サイト直販や近くの書店にて購入しているため、少し申し訳なく思いつつもざっと見てからすぐに通り過ぎた。その奥に続く椎名氏の著書コーナーには、学校教科書で取り上げられた『岳物語』などが恐らく並んでいると思っていたが、実際氏の著書コーナーを見てみるとやはり私の予想通りであった。<br>
<br>
　だが、その一方でエッセイストとしての椎名氏のデビュー作で読者に強烈なインパクトをもたらした『さらば国分寺書店のオババ』（新潮文庫）や様々な経緯から長い月日を経て文庫化された『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』（角川文庫）が置かれていなかったことは実に意外に感じられた。もしかしたら私が氏の著書コーナーを眺める前、いずれも人気のある作品ゆえに売れ切れてしまったのかもしれない。その他には、文春文庫から刊行されている「風まかせ赤マント」シリーズ、公開対談の参加申込後に主催者から届いたメールによれば「100冊ほど仕入れました」という『トンカチからの伝言』（文藝春秋）などが山積みになって置かれていた。<br>
<br>
　ちなみに、日垣氏のツイッターによると椎名氏のサイン会のために著書を20種類、合計約450冊を版元や書店から買い取ったという（<a href="http://twitter.com/hga02104/status/40932674369622016" target="_blank">日垣隆氏のツイッターより</a>）。そうした無謀（？）とも思える氏の自腹買い取りにわずかでも貢献しようと（実際は一度読んでみたいと思うお目当ての本があったからなのだが）、『すすれ！麺の甲子園』（620円税込・新潮文庫）と先に紹介した『トンカチからの伝言』（1500円税込）の計2冊を購入。会計の際にいくらか割引になっていたのだろうか、財布から千円札を2枚取り出してスタッフに渡すと100円のおつりが返ってきた。<br>
<br>
　購入したそれらの本を手に、会場のなかをきょろきょろしながら空席を探し始める。戸山サンライズの公式サイトによると大研修室の定員は240人とのことであったが、当日はほとんど満員で座る余地がないほどであった。後方にある空席になんとか座ることができ、余裕を持って会場に到着した安堵からふうっとひと息ついた。それから記録用に大学ノートや筆記具などを取り出していると、前方にあるマイクを通じて司会者から会場内にお知らせが流れた。それによると、対談のゲストである椎名氏が会場に向かう途中デモに巻き込まれて会場への到着が遅れている、しばしお待ちくださいとのこと。この司会者の言葉を聞いて眼鏡を拭きながらのんびりと待っていると、定刻過ぎに椎名・日垣両氏がようやく会場に姿を見せ、そのまま講演台へと登壇した。<br>
<br>
　まず、インタビュアーである日垣氏の印象について、ここに記しておきたい。今回の公開対談に参加した『<a href="http://blog.livedoor.jp/kunuppo/" target="_blank">「一般人、何でも見て聞いて飛び込んでやろうじゃないか」遅れてやってきた反抗期ブログ</a>』のブロガーくぬぎ徹也氏は、ツイッター上で日垣氏の声や喋り方について「日垣さん、twからもっとエキセントリックな声を想像してたけど、声も喋り方も普通の穏やかなおじさんの声だ」（<a href="http://twitter.com/kunuppo/status/43885712252207105" target="_blank">くぬぎ徹也氏のツイッターより</a>）と語っているが、私もくぬぎ氏とまったく同じ意見を持った。氏の一連のつぶやきを読んで勝手に抱いていた怖いイメージとは違い、あくまで私の第一印象であるが穏やかな口調の紳士であるように見受けられた。そうした紳士的な話し言葉と著書などでの過激な書き言葉というギャップがまた人々を惹きつけているのかもしれない。<br>
<br>
　次に、今回の対談ゲストである椎名氏の第一印象についてである。氏に対しては好々爺然とした風貌で良い意味の笑顔が似合う普通のおじさんという印象を抱いた。ただのおじさんと若者に呼ばれているというリビアのカダフィ大佐の百倍格好良い「おじさん」であることは言わずもがなである。以前、椎名氏が警備員によくホームレスに間違えられるという話を聞いたことがあるが、実際に氏の姿を目にするとそれも少し分かるような気がした。ただし、それは脳科学者の茂木健一郎氏が紹介する「かしこいホームレス」（「<a href="http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2010/06/post-58a4.html" target="_blank">椎名のアニキ、有吉が、ホームレスだって言ってやがりますぜ！</a>」『茂木健一郎　クオリア日記』2010年6月16日付）に見られるような好意的な見方である。<br>
<br>
　それでは、記事の本題でもある公開対談の内容を一部ご紹介しよう。まず結論から言えば、対談ゲスト椎名氏の豊富な旅知識や読書経験に裏打ちされた話は実に面白かった。対談慣れしている氏の巧みな話術に椎名ワールドのなかへと引き込まれてゆく。事実、少なくとも私の見た限りでは参加者の多くがメモを取らず、自然と前のめりになって氏の一言一句に聞き入っていた。個人的には、会話のなかで妙齢という言葉を繰り返す椎名氏に「何歳からが妙齢なんですか」と訊ねた日垣氏への返答が面白く、これには大いに笑わせてもらった。今回の公開対談のなかで、椎名氏は妙齢の定義について次のように語っている。「僕より年下だったらみんな妙齢ですよ」と。<br>
<br>
　もちろん、椎名氏が語ったのは何もこうしたおもしろ話ばかりではない。どういった話を興味深く感じたかはまた参加者それぞれであろうが、私の場合はやはり「読み書き」すなわち当代屈指の文章家が語る文章論が参考になった。思わず手元にあった質問用紙の裏や記録用の大学ノートにそれらの発言を走り書きしたほどである。ここでは、それら走り書きの対談記録を参考にしつつ、筆者文責のもとで氏の発言をいくつか再現してみたい。私が日垣氏の公式メルマガ編集室の回し者ではないことを記した上で、以下の一部抜粋を通じて氏の発言に関心を持たれた方には今後日垣氏の公式サイトにて販売予定というオリジナル電子ブックのご一読をお勧めしたい。<br>
<ol><br>
公開対談における椎名氏発言（一部抜粋）<br>
<br>
「（氏との対談集もある漫画家でエッセイストの）東海林さだおさんに『エッセイを書くこと、何でもそうだけれどいつまでもホームランバッターではいられない。打率3割台を目指せば良い』と言ってもらってからは楽になれた」<br>
「ホントのこととウソのことをないまぜにして書くのが小説だと思ってるからね」<br>
「やっぱり物書きはね、不眠症が多いですよ」（ちなみに、かく語りき氏自身にもその経験があるという。直接的な文章論ではないが、職業作家として生きる苦労を教えてくれる言葉である）<br>
「物書くのは読書の蓄積みたいなのがあるじゃないですか。本読まないのが文章書けない」（もちろん本を読まずに小説を書く作家もいるが、これは超のつく本読みの作家である氏の至言だという風に感じられた）</ol><br>
　以上が文章を書くということ、いわゆる文章論に関する氏の発言である。その他にも、「嫌なやつは酒場で15分くらい話すとすぐに分かる。その直感はだいたい当たる」「（人間関係は知人の数を増やすよりも）深度を深めるほうが良いなあって」といった言葉も印象に強く残っている。これらの言葉を事もなげに披露する椎名氏の豊富な知識や経験はもちろん、氏から興味深い話を引き出すインタビュアーとしての日垣氏の力量には心から尊敬の念を抱いた（ただし、ツイッター上での氏の言動には同じツイッターユーザーとしていささかの違和感を感じてもいる）。<br>
<br>
　こうして数時間にもわたった公開対談は、椎名氏に対して日垣氏が発した「20年後もお元気でいて下さい。どうもありがとうございました」という言葉で締めくくられた。日垣氏の公式サイトに掲載されているメルマガ目次「<a href="http://www.gfighter.com/003012011/20110303004199.php" target="_blank">第371号（3月3日）</a>」のなかにも、次のような一文がある。「（引用者注、公開対談の）前回は28年前。次は28年後に開催！」と。椎名・日垣両氏の現在の年齢を考えると、現実にはあり得ない話なのかもしれない。だが、20数年後歯に衣着せぬ物言いの元気老人となった両氏の対談をぜひ聞いてみたい、と今回の公開対談を聴講してそう強く思った。<br>
<br>
　公開対談終了後、先ほどまで対談が行われていた壇上で椎名氏のサイン会が始まった。机上にある資料類やノートを片づけながら脇の通路を見ると、すでに壇上から私の座っている後方までサインを求める参加者で長蛇の列ができていた。列に並ぶ参加者の多くが橙と緑2色のカバーが巻かれた先述の『トンカチからの伝言』を手にしている。これは余談であるが、『トンカチからの伝言』は椎名氏が日垣氏の著書について触れたエッセイが所収されている。それもあってだろうか、先に紹介した通り今回のサイン会のために大量に仕入れ、事前に参加者に送ったメールでも「ぜひこの機会にお求めください。サインもしていただけます」と会場での購入を勧めていた。<br>
<br>
　さて少し話が逸れたが、椎名氏のサイン会に話を戻すことにしよう。カバンにノートなどの持ち物をつめ込んでから事前に購入した氏の著書を持って私も列に並んだ。10分ほど並んでいると、壇上でサインを求める参加者の数人前のところまで来た。私のひとつ前に並んでいるカップルの順番になると、黙々と氏がサインをしているところで彼女が彼氏に向かって笑顔でピースサインをし、壇の下にいる彼氏はそんな彼女をさも嬉しそうに携帯電話のカメラで撮影している。恐らく無断であろうこの記念撮影そのものが良いかどうかは分からないが、笑顔でピースサインをする彼女、それを嬉しそうにカメラで撮影する彼氏という2人の姿は今でも忘れることができない。彼女の次に彼氏が恐縮しつつサインをしてもらうと、ようやく私のところまでサイン会の順番が回ってきた。<br>
<br>
　壇上に上って椎名氏に「失礼します…お願いします」と言ってから本を手渡し、サインを求める他の参加者がそうしていたように自らの名札を氏に見えるよう机上に置いた。その名札を見てサッサッとフルネームの為書きに自らの署名を入れている。氏が集中してサインを記しているあいだ、滅多に感じることのない緊張からじっと下を向いてサインが終わるのを待った。すべての著書にサインを終えると氏は何か一言言葉を発したが（また私が購入した本を受け取る時も）、緊張していたためにどうしてもその言葉を思い出すことができない。「ありがとうございました」という言葉を何とか振りしぼって言うと深く一礼し、サイン本と自らの名札を持って壇を下りる。すると、それまで氏のサイン中に終始張りつめていた緊張の糸がぷつんと切れるのが感じられた。<br>
<br>
　椎名氏から受け取ったサイン本を大切にカバンのなかへと入れ、出入口に並べられている日垣氏の著書を一通り眺めてから会場を出る。あまり表に出すことのない私のド緊張もそうだが、サインを求める参加者の長い列へ並んだ際に見た、サイン本を受け取って興奮ぎみに「ありがとうございました」とお礼を言う若い青年（かく言う私もそうした若者のひとりであった）、氏のサイン中に幸せそうな顔をしている先述のカップルの姿に、長きにわたりトップを走りながら熱烈なファンを持ち続けている作家椎名誠の凄さをひしひしと感じた。また、椎名・日垣両氏の公開対談に耳を傾け、こうして対談終了後椎名氏にサインをお願いできた（プラス今回の現場報告を稚拙ながら一応形にできた）だけで今回参加するためにかかったお金と時間のモトは十分に取れたとも――。<br>
<br>
　とは実際に思うのだが、私にはまだ密かに楽しみとしていることがある。それは、今回の公開対談の文字化、それらイベント記録のサイト販売である。今回記事掲載の許諾を得るため主催者に送ったメールのなかでその可能性について訊ねたところ、後日、イベント記録としてはすでに完成しており、メルマガ読者への配信や非メルマガ読者向けの電子ブック化の予定で作業を進めているという回答が寄せられた。数時間にもわたる公開対談がどのように文章でまとめられるのか、参加者のひとりとしては非常に興味のあるところである。実際に公開対談が電子ブック化されることに期待しつつ、手元にある椎名・日垣両氏の未読本を読みながら気長に待つとしたい。<br>
<br>
<DIV align="center">◇</DIV><br>
　今回の記事は、ミニブログ『<a href="http://twitter.com/" target="_blank">Twitter</a>』にて【椎名×日垣対談現場報告】と題しつぶやいた連続ツイートをもとに、大幅な加筆訂正を加えて成ったものである。今回のレポート記事のもととなった連続ツイートの手法は、ツイッター上にて数々のテーマで連続ツイートを続けている先述の茂木健一郎氏に感化されてということもあるが、最も大きな理由は書き下ろし（ここではあくまで便宜上この言葉を用いる）という形で原稿を完成、発表するよりも、文字数制限があるなかでつぶやいた連続ツイートに加筆訂正して公開したほうが分かりやすい形で早く公開対談の様子を伝えられるのでは、と考えたためである。私の考えた通りに「分かりやすい形で早く公開対談の様子を伝えられ」たかについては、今回のレポート記事を読まれた読者の評価を待ちたいと思う。なお、前述したツイッター上での【椎名×日垣対談現場報告】（今月8日～同月10日付）には、『<a href="http://twilog.org/" target="_blank">Twilog</a>』にて開設した個人ページである「<a href="http://twilog.org/oizumichiji" target="_blank">大泉千路（@oizumichiji）</a>」でアクセスできることをここに付記しておきたい。<br>
<br>
　また今回、自宅のパソコンに向かってレポート記事を推敲しているところに、現在大きな被害をもたらしている東日本大地震が起こった。財産を失い住居を失い家族をも失う――今回の地震で被災された方々に突きつけられた過酷な現実に対し、それを報じるテレビのニュース番組を観るしかできぬ自らの無力さを感じている。現在は少額ながら義援金を送金することしかできないが、今自らにできることは一体何かと深く考えてならない。なお、先述した義援金の送金に関しては、今月13日付の『JanJanBlog』に掲載された「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/33503" target="_blank">東北地方太平洋沖地震　救援ネット募金一覧</a>」や糸井重里氏主宰の『<a href="http://www.1101.com/index.html" target="_blank">ほぼ日刊イトイ新聞</a>』に掲載されている「<a href="http://www.1101.com/20110311/" target="_blank">東日本大地震のこと。</a>」を参考にご協力いただければと思う。末筆ながら、現在大変な避難所生活を強いられている被災者の皆さまへのお見舞い、今回の地震で亡くなられた犠牲者の方々のご冥福をお祈り申し上げたい。東日本大地震で被災された方々や被災地が1日も早く現状回復、復旧復興を遂げられますように――。<br>
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<DIV align="right">平成23年3月　筆者記す</DIV><br>
<DIV align=right>（「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/33274">『作家椎名誠×ジャーナリスト日垣隆公開対談』現場報告</a>」『JanJanBlog』2011年3月17日付より）</DIV>]]> 
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<title>大切なことはすべて君が教えてくれた</title> 
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<modified>2011-02-16T07:39:11Z</modified> 
<issued>2011-01-24T16:32:11+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">
　私が利用しているライブドアブログで、ある共通テーマ（いわゆるブログネタ）での投稿募集がはじまった。そのテーマは、「あなたが『研修』時代に出会った“スゴイ”人物とは？」というものである。これについて私が書くとすればアマチュアの市民記者としての研修という...</summary> 
<dc:subject>日々雑感</dc:subject>
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<![CDATA[<br>
　私が利用しているライブドアブログで、ある共通テーマ（いわゆるブログネタ）での投稿募集がはじまった。そのテーマは、「<a href="http://blog.livedoor.com/common_theme-202876.html">あなたが『研修』時代に出会った“スゴイ”人物とは？</a>」というものである。これについて私が書くとすればアマチュアの市民記者としての研修ということになるだろうが、先述した通りアマ記者に過ぎない私は研修などという高尚なものを受けたことがない。すべて図書館や書店などで入手でき得る限りの本を読みあさっての独学である。ゆえに、私にとっての研修とは本を通じて先達の技を真似ることであった。そのなかでも、先に紹介した投稿募集のページにある「その後の人生を変えるような素敵な出会い」という意味ではノンフィクション作家の野村進氏、正確に言えば氏の著書の『調べる技術・書く技術』（以下、『調べる―』と記述）との出会いが最も大きかったように思う。<br>
<br>
　ちなみに、上に紹介した野村氏はかつて大宅壮一ノンフィクション賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞したノンフィクション作家であり、現在は拓殖大学国際学部教授として教壇に立たれている。氏の『調べる―』との出会いは、書店で求めたのちアマチュアで取材執筆を始める私の人生を変えたと言っても過言ではない。というのも、文章の書き方といったノウハウ本は数あっても取材論やルポルタージュ論関連の本は絶版や品切れなどで入手できないことも少なくない。こうした現状のなかで、テーマ選択から原稿の仕上げまで教えてくれる『調べる―』には大いに助けられている。最近放送が始まり、毎回欠かさずに視聴している連続ドラマに「最上の命医」や「大切なことはすべて君が教えてくれた」などがあるが、上に述べた意味では私にとっての「君」が他ならぬ野村氏というわけである。<br>
<br>
　私の場合、いざ机に向かって文章を書きはじめようという時やペンを持つ手が進まなくなった時など、野村氏の『調べる―』を書棚から取り出して好きなところから読みはじめる。氏はペンを研ぎすませる「ペン・シャープナー」といった本や手帳を手元に置いておくことが重要だと語っているが、それを教えてくれる『調べる―』が私にとって「ペン・シャープナー」のひとつとなっている。実際、一流と言われるプロフェッショナルの深い言葉に触れると、よし私も書こうと文章を書く意欲が高まるのだから不思議である。ここでは、先述の投稿募集ページに記された「印象深かった先輩の言葉」として（私が仰ぐ文章の師表という意味で）、原稿の書きはじめや仕上げの前に読み返す氏の言葉を紹介したい。<br>
<br>
<blockquote>　〈○自分の書いた文章を読み返すときには、必ず声に出して読むこと。黙読した際には「このままでよい」と思えた文章でも、声に出してみると、つっかえたり言いよどんだりするものだ。そのときには、ためらわずに書き直す。（中略）自分の書いた文章を声に出して読むことは、自分ならではのリズムに言葉を乗せることだ。あなたの文章の持つリズムこそ、あなたの個性である。だから、何度でも強調したい、自分の書いた文章は声に出して読もう、と。<br>
○そして、推敲の労を惜しまない。『毎日新聞』の名物記者だった内藤国夫の、<br>
「（自分が）書きやすいものは、（読者には）読みづらい。ラクして書いたものは、読むのに苦労する。反対に苦労して書くと、読む方は、読みやすい」（『私ならこう書く』、括弧は筆者）<br>
　という指摘は、まさに正鵠を射ている。（中略）推敲のさなかに「もうこの辺でいいだろう」と中途半端なところで妥協してはいけない。自分がすっかり納得できるまで、書き直しをすることが、文章上達の秘訣である。〉<br>
<DIV align=right>（野村進著『調べる技術・書く技術』講談社現代新書）</DIV></blockquote><br>
　ちなみに、上に挙げた理由から繰り返し読んでいるために私の手元にある『調べる―』は、本に巻かれている帯は黄ばんでボロボロ、本そのものにも手あかがついておりとてもきれいとは言えない。それほど何度も何度も読み返していると、記事冒頭で紹介した通り大学教授でもある野村氏から直接文章作法などを学ぶことのできる学生たちが堪らなくうらやましくなる。そう、マスコミ志望の学生にとっては、一流のジャーナリストから一足早く記者研修を受けられるのだから――。とは言え、学生でない以上はうらやんでも仕方のないことだと言われればまさしくその通りである。だが、それほど取材をしたり原稿をまとめたりする上で必要な知識を本を通じて教えてくれた大先輩、『調べる―』との出会いが私にとって大きかった。そのことを少しでも伝えられたのであれば、それを心から嬉しく思う。]]> 
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<title>2011年　新年のごあいさつ</title> 
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<modified>2012-04-18T13:00:18Z</modified> 
<issued>2011-01-06T16:04:51+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">　明けましておめでとうございます。さて昨年を振り返ると、今流行のTwitterやライブ動画共有サイトのUSTREAMなどで一市民でも情報を発信できるようになりました。フリージャーナリストの岩上安身氏いわく、これらの手段を用いれば「今自ら発信できるチャンスがある」（「拝...</summary> 
<dc:subject>お知らせ</dc:subject>
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<![CDATA[　明けましておめでとうございます。さて昨年を振り返ると、今流行のTwitterやライブ動画共有サイトのUSTREAMなどで一市民でも情報を発信できるようになりました。フリージャーナリストの岩上安身氏いわく、これらの手段を用いれば「今自ら発信できるチャンスがある」（「<a href="http://live.nicovideo.jp/watch/lv35881073">拝啓記者クラブ様　フリージャーナリスト大反省会2010</a>」『ニコニコ生放送』2010年12月30日放送）と言います。今年2011年は、岩上氏の言う「今自ら発信できるチャンス」を活かして、地方出身・在住者取材など地方発の情報発信を考えていく所存です。と言っても、撮影機材どころかICレコーダーの1つすら持っていないのですが（笑）。取材するに当たって参考資料やインタビュー術の関連書籍等に目を通している段階です。これをただの準備で終わらせないためにも取材依頼や質問作成など可能な限り進めていくつもりです。<br>
<br>
　上に述べた「地方発の情報発信」のみでなく、記者会見のオープン化問題など「中央省庁発の情報発信」についても考えたいと思います。中央省庁発の情報発信に関しては、これに比較的積極に努めていた鳩山由紀夫政権の退陣、その後を受けた菅直人新政権の発足で後退しつつあります。事実、今月4日に行われた年頭総理会見の会見時間は首相の冒頭発言を含め30分あまり、質疑応答の際フリーランスやネットメディアの記者で指名されたのは上杉隆氏のみです（「<a href="http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201101/04nentou.html">菅内閣総理大臣年頭記者会見</a>」『首相官邸ホームページ』2011年1月4日付参照）。警察や検察、裁判所等の腐敗を追及しているフリージャーナリストの寺澤有氏などは質問どころか記者会見に出席すら認められず、通算8回連続拒否されています（<a href="http://twitter.com/hatakezo/status/19582372152352768">フリーランスライター畠山理仁氏のツイッターより</a>）。こうした状況が続くなか、昨年12月に行われた総理会見のなかで菅首相は記者会見について次のように語っています。「記者会見については、この今日の会見も含めて、私の会見は基本的にはオープンになっていると承知をしております。もしそうでないのであれば、それは改善しなければなりませんが、そのように私自信は理解いたしております」（「<a href="http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201012/06kaiken.html">菅内閣総理大臣記者会見</a>」『首相官邸ホームページ』2010年12月6日付。原文ママ）<br>
<br>
　昨年の正月、私はパソコンに向かって鳩山由紀夫首相（当時）に宛てた小記事（「<a href="http://www.janjannews.jp/archives/2173642.html">鳩山首相よ、きのうの日の言葉を軽んじることなかれ</a>」『JanJan』2010年1月6日付）という記事を書いていました。それから1年のあいだに首相も交代し、今は「拝啓菅直人さま」と題した記事をまとめています。その内容はやはり、今回の記事でも紹介した民主党政権の1丁目1番地である情報公開で、記事中には以下の言葉を盛り込みたいと考えています。「菅首相よ、平成の開国と言うのならば記者会見・記者室の『無血開城』要求を記者クラブに突きつけよ」と。こうした会見オープン化の関連記事を書きながら、今年の抱負とした「情報発信を考える」ようにしたいと思いますが、ひとまずここで筆を擱きたいと思います。本ブログ読者の皆さまにとって、今年が素晴らしい年となりますことを心からお祈りしつつ。<br>
<br>
　　　平成23（2011）年　新春<br>
<img src="http://livedoor.blogimg.jp/ooizumichiji777/imgs/4/1/413eb32a.jpg" width="180" height="60" border="0" alt="大泉 千路" hspace="5" class="pict" align="right" />]]> 
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<title>【ジャーナリスト】池上彰のリンク集</title> 
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<modified>2010-12-16T12:34:34Z</modified> 
<issued>2010-12-16T21:16:16+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">　今回少しブログの趣向に変えて紹介するのは、フリージャーナリスト池上彰氏のリンク集である。分かりやすいニュース解説で人気が高まっている池上氏だが、今現在公式ウェブサイトが開設されていない（少なくとも私の知る限りでは）からこそそのまとめ価値も高い。それは、...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51807903.html">
<![CDATA[　今回少しブログの趣向に変えて紹介するのは、フリージャーナリスト池上彰氏のリンク集である。分かりやすいニュース解説で人気が高まっている池上氏だが、今現在公式ウェブサイトが開設されていない（少なくとも私の知る限りでは）からこそそのまとめ価値も高い。それは、かく言う私のような池上ファンにとってはなおさらである。このまとめは、非常によくまとめられた、まさに秀逸な「まとめ」だと思う。<br>
<br>
<center><iframe src="http://matome.naver.jp/paste?p=1292499754510&g=1&ver=1.0&type=S&id=2125973800389264900&size=02&color=02" width="460" height="540" frameborder="0"></iframe><div><a href="http://matome.naver.jp/odai/2125973800389264900" target="_blank">【ジャーナリスト】池上彰のリンク集</a> <a href="http://matome.naver.jp/" target="_blank">[NAVER まとめ]</a></div></center>]]> 
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<title>『JanJanBlog』の市民記者懇談会に行ってみたら</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51798789.html" />
<modified>2011-11-13T09:59:11Z</modified> 
<issued>2010-11-13T16:28:15+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:ooizumichiji777.51798789</id>
<summary type="text/plain">　9月26日、東京都新宿区歌舞伎町・喫茶室ルノアール新宿区役所横店の貸会議室にて「第2回『JanJanBlog』市民記者懇談会」が開催され、私もこの懇談会に参加するために上京した。

　懇談会当日、会場近くにある東京都庁展望室や新宿中央公園を見て回ったあと、都庁本庁舎...</summary> 
<dc:subject>メディア</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51798789.html">
<![CDATA[　9月26日、東京都新宿区歌舞伎町・喫茶室ルノアール新宿区役所横店の貸会議室にて「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/12960" target="_blank">第2回『JanJanBlog』市民記者懇談会</a>」が開催され、私もこの懇談会に参加するために上京した。<br>
<br>
　懇談会当日、会場近くにある東京都庁展望室や新宿中央公園を見て回ったあと、都庁本庁舎の停留所から「<a href="http://we-bus2.keio-bus.com/" target="_blank">新宿WEバス</a>」（新宿駅周辺を循環するコミュニティバス）に乗車して歌舞伎町へ。バスに乗った時は、子供連れのお母さんしかおらずに空いた状態であったが、どこまで乗っても運賃一律であるから東京観光の際はぜひ活用してほしい。新宿駅西口を経由して無事歌舞伎町の停留所に到着、下車したあと、事前に印刷していた地図で目的地を確認してからその方向に歩きはじめた。だが根っからの方向音痴がたたってか、いくら歩いても目的地にたどり着けない。少し焦りながらも、また地図を見ながら新宿区役所の周辺を何周かしたところで会場にたどり着けた。<br>
<br>
　喫茶店のなかに入る前に時間を確認すると、貸会議室に入れる開場時刻にはまだ時間がある。そのため、その日まだ済ませていない昼食を取ることにして喫茶店のなかへ入った。自動ドアを抜けると、店員嬢との「お煙草はお吸いになられますか」「吸いません」というやり取りのあと、ゆったりとした丸いソファーが置かれた禁煙席に案内される。テーブルに備え付けられたメニュー表を見てソフトドリンクとトーストのセットを注文すると、ふっと肩の力が抜けて周りにいる男性客をしばらくぼうっと眺めた。非常に心地よい音楽が店内に流れているなかで、気ぜわしく携帯電話で話したりパソコンで何やら作業をしているビジネスマンの姿がある。それらの客の様子を眺めていると、ホストらしき男性が店の前に立っている目の前の通りとは別次元にいるかのようであった。<br>
<br>
　少しして店員嬢が持ってきたコーヒーを飲んで一息つき、そのあと出されたトーストにかじり付く。下品な言い方ながらそうした至福のひとときを過ごしたあと、会計を済ませて店内の階段で2階の貸会議室へと向かう。細い階段を上ると通り一列にいくつもの個室が並んでいたが、そのうち懇談会場となる個室のみ扉が開いている。懇談会の開始時刻が迫っていたこともあって躊躇なく個室のなかに入ると、「遅くなりました、大泉です」と言って椅子に座っている参加者に挨拶した。参加した市民記者の多くは、意欲的に記事投稿を続けている『JanJan』時代からの有力記者。その他に『JanJanBlog』運営委員会からは、元編集部デスクの山口朝氏や元編集部システム担当の葛西氏が出席した。<br>
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　こうして椅子に座っている参加者に挨拶したあと、以前『JanJan』の市民記者懇談会に参加して面識のある山口氏らと二言三言言葉を交わす。氏の近くの椅子に座ってから筆記具や大学ノート（ちなみに、取材の際に椅子だけで机がない場合は小型のメモ帳を愛用している）を取り出していると、「まだ来られる方がいると思いますので、もうしばらくお待ちください」と山口氏。しばらく待ってみるが誰かが入ってくる気配もないため、「もう来られている方もいらっしゃいますのではじめましょう」ということになる。かくして『JanJanBlog』の第2回市民記者懇談会が始まった。<br>
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　今回の市民記者懇談会では、まず『JanJanBlog』運営委員会の代表である山口氏が「JanJanからJanJanBlogへ」と題する冒頭スピーチを行った。ちなみに、氏のスピーチは今年6月に行われた「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/605" target="_blank">市民記者懇談会in京都</a>」と同じ内容であり、それもあってなかには今回の懇談会に参加を見合わせた市民記者もいたという。ここでは、懇談会冒頭に語られた約30分のスピーチのなかから、3つについての発言をピックアップして紹介したい。まず1つ目は「新ニュースサイト設立にまつわる経緯」について、2つ目は「ビジネスに対する運営委員会の考え方」について、最後3つ目は「オープン化省庁会見への市民記者参加」についての発言である。<br>
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　1つ目は、「新ニュースサイト設立にまつわる経緯」についての発言である。<br>
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　山口氏いわく「今年に入って色々な模索をしてきたが、ツカサネット新聞やオーマイニュースを見ても分かるように維持費を捻出するのが大変。それを捻出するのが難しい」。それでも、『JanJan』暫時休刊の発表やその後のネットニュース報道後には現役の市民記者や読者から「（サイトを）ぜひ残してほしい」と大きな反響があったという。それもあって、維持費の捻出という問題を抱えながらも「執筆力がある人もいるのでチャレンジをした。議論をした結果、現在の（サーバー代以外に維持費のかからない）スタイルのブログサイトになった」と、サイト設立の経緯を明らかにした。<br>
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　これは私の勝手な憶測ではあるが、『ツカサネット新聞』や『オーマイニュース日本版』が様々な事情からニュースサイトの閉鎖や休止を余儀なくされ、『JanJan』が日本の市民メディア最後の砦となっていただけに、それだけニュースサイトの存続を求める声が根強かったのであろう。そうした記者や読者からの求めに応じて首の皮一枚を残してくれた運営委員会の方々には、個人的によくぞと言って心からの拍手を送りたい。様々な人々の尽力があって首の皮一枚繋がったからには、この新しいサイトを市民記者の力で盛り上げ、市民記者の数を増やしていかねばならない。それに関しては、ミニ懇談会の開催など以下に紹介する提案に繋がっていくものと考えている。<br>
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　2つ目は、「ビジネスに対する運営委員会の考え方」についての発言である。<br>
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　旧『JanJan』の登録市民記者数は7千数百人、そのうち個性的な記者からの投稿も多く寄せられていた一方、現在の『JanJanBlog』に衣替えしてからの登録市民記者数は現在約170人あまりだという。そのなかから実際に記事を執筆、投稿する市民記者がいるわけだが、私個人の実感として現状その数は必ずしも多くないように感じられる。だが、「皆さんが記事を書いてくださればサイトのパワーが上がってゆく。現状そうなりつつある」と山口氏は明るい展望を語る。氏が語るこの展望には、できる限り執筆に時間を費やす市民記者には勇気づけられるものがあった。スピーチのなかで「営利は関係なく良い記事を載せていきたい」との抱負を語る氏であったが、ニュースサイトの持続可能性を高めるために広告収入といったビジネスを念頭に置いているところは非常に安心できる。<br>
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　ちなみに、今年7月に名古屋大学で行われたパネルディスカッション「<a href="http://www.ustream.tv/recorded/8306896" target="_blank">日本のジャーナリズムはネットで育つか?</a>」のなかで、日本インターネット新聞社社長の竹内謙氏は自らの会社経営について次のように述べている。「で実は私の会社はCSR的に企業が応援をしてくれるところがありましてですね、私は経営のことなんか何も考えない、もうただ単にジャーナリズム一点張り、それだけ考えていたのが私の立場でありまして、お金儲けをしようとか広告を集めてこようとかですね、そういうことはまあ8年間一切考えずにきたものですから、春名さん私にビジネスのことを聞いてもほとんど役に立たないと思いますですね」と。パネルディスカッションのなかで竹内氏は笑いながらこう語っているが、以前ツイッターにも書いたように社長がビジネスを考えない株式会社などうまく行くわけがない。維持費を特定企業に頼っている場合、その会社が危うくなった際の維持費、ビジネスを考えてしかるべきだ。その点では、一組織の代表者としてビジネスに対する考え方が山口氏と竹内氏とでは大きく異なることに胸をなで下ろしている。<br>
<br>
　形式的に研究目的の学生など市民記者以外も参加できたとは言え、懇談会では市民記者と運営委員会メンバーを交えた内輪話があってここでは明かせないことも少なくない。それでも山口氏のスピーチを聞いた限りでは、ニュースサイトとしての持続可能性を念頭に置いたある意味での経営、そして市民記者が良質な記事を書ける環境づくりについてもよく考えてくれているとの印象を受けた。氏のような存在があるからこそサイト閉鎖といった不安を感じずに、取材から記事投稿まで孤軍奮闘となる編集作業にも没頭できる。このスピーチのなかで「自分でなくても（現在のブログサイトの）運営は続けられる」と自虐的に語っていたが、サイトの持続可能性を強調する氏の手腕には大きく期待したい。<br>
<br>
　3つ目は、「オープン化省庁会見への市民記者参加」についての発言である。<br>
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　山口氏によれば「『JanJanBlog』は日本インターネット報道協会に加盟していない」というが、それでも様々な問い合わせがあるということで会見参加の現状と方法について紹介がなされた。各中央省庁のなかで記者会見のオープン化が進んでいるなかで、会見参加を望んでいる市民記者のために氏の発言を紹介したい。記者会見のオープン化問題に関する発言は以下の通りである。「総務省、外務省など各省庁によって（会見オープン化の形式が）異なる。審査登録をパスした市民記者もおり、それを妨げるものではない。ただ、それらの審査登録は大変なようだ。アマチュア、プロということはあまり関係ないらしい。会見に参加されたい方はその省庁について研究してみてほしい。分からないことがあれば、運営委員会のほうに問い合わせていただきたい」<br>
<br>
　さて、山口氏の冒頭スピーチの次に行われた質疑応答と自由討論では、今回市民記者懇談会に参加した委員会メンバーに対する質問、これまでに『JanJanBlog』に投稿した記者はその経験からの感想を一言ずつ述べることになった。そのトップバッターには、ちょうど進行役である山口氏の席から1番近いところに座っていた私が選ばれる。まず以下では、私がその場で述べた『JanJanBlog』に投稿してみての感想を再現してみたい。<br>
<br>
　〈（進行役の山口氏から、まず大泉さんから質問や意見の発言をと求められ）分かりました。（質疑応答・自由討論の）トップバッターを切らせていただきます大泉千路です。『JanJanBlog』に投稿してみての感想を一言述べたいと思います。私はキャッチボールと言っていますが、編集作業が（ブログサイトの開設を機に）なくなったから記事を書かなくなったという人がいる。そういう意見は必ずしも否定しませんが、これまでいくつかの記事を投稿した経験から言えば編集作業がなくなったからこそ文章が上達したような気がします。例えば、これまで以上に文章をよく見直すようになったとか。だからこそ、この5ヵ月間のあいだに書いたのはたった4、5本なのです。その意味で、（市民記者を信頼して編集作業の権限を渡した）『JanJanBlog』には心から感謝しています。拙くてすいません、特に心の準備ができていなかったもので。（ご清聴）ありがとうございました。〉<br>
<br>
　これを読んでも分かるようにまったく取りとめのない話で恐縮してしまうが、それでもなかにはメモを取ってくださる方がいたことは大変ありがたかった。また、私の発言以降に出された他の市民記者からの質問や意見には、ここで初めて明らかとなった事実を引き出すほど鋭い指摘が多かった。例えば、旧『JanJan』掲載の記事アーカイブの保存について質問を投げかけると、「過去記事の閲覧は、年内は大丈夫。記事の保存について発表するつもりだが、それはもう少し先のことになる」という運営委員会メンバーからの回答。その他には、委員会メンバーが記事のプリントを示して、米紙『ニューヨーク・タイムズ』掲載のJanJan取材記事を紹介する一面もあった。<br>
<br>
　「その記事を『JanJanBlog』で紹介してはどうか」という市民記者からの要望に「あまり良い内容ではないので」と山口氏は苦笑しながら返していたが、今回の記者懇談会に参加しておらず、記事の存在を知らない読者のために同記事のタイトルや掲載日などを記しておきたい（Martin Fackler, “<a href="http://www.nytimes.com/2010/06/21/world/asia/21japan.html" target="_blank">Ink Gushes in Japan's Media Landscape</a>”, The New York Times, June 20, 2010）。ちなみに、『ニューヨーク・タイムズ』東京支局長のマーティン・ファクラー氏が書いたこの英文記事については、氏の取材を受けた竹内謙氏が先に紹介したパネルディスカッション動画のなかで内容を要約、紹介している。英語が分からないためにこの記事が読めないとお嘆きの方は、英和辞典でパラパラと調べられるか、もしくはこのパネルディスカッション動画をご覧いただければ幸いである。<br>
<br>
　自由討論のなかでは、市民記者の側から建設的な提案もいくつか挙げられた。そのなかでも、一番実現性があると感じられたのは市民記者の交流、具体的にはオフ会や本の著者を招いての読書会である。この件に関する一連のやり取りをここに記しておきたいと思う。「著者との読書会をやれば良い」「山口さんの手を煩わせるのではなく、読書会を市民記者の連絡会にすれば良い」「『JanJanBlog』に市民記者のコミュニティースペースを作ればよい」「ミニ講演会をやれば良い」「そういう会をやることで刺激になる」などなど。山口氏はこれらの声に「そういう提案があれば喜んで我々もトップページに告知を掲載します。ミニ懇談会なども皆さんでやっていただくと良いのではないかと思います」と応じた。個人的には市民記者の自主的なミニ懇談会について、ミクシィといったSNSや今話題のミニブログ、ツイッターを通じた呼びかけなどを今後考えていきたい。<br>
<br>
　これらの質疑応答や自由討論が一通り終わると、進行役の山口氏に促されてサイトのシステムに関する意見をひとつ述べた。『JanJanBlog』に投稿する記事にGoogleMapの地図を貼りつけられないことについてである。すると早速このシステム上の問題に対応してくださり、そればかりか問題に対応したことの報告メールまで個別に送ってくださった。そのメールによれば、「調査を行い解決法を記事として公開しました。（中略）記者の皆様に共有していただけることを期待しています」とのこと、ここに同記事を紹介して他の市民記者と共有できればと願う（「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/17915" target="_blank">記事に地図（GoogleMap）を貼る方法と注意点</a>」『JanJanBlog』2010年10月6日付）。こうして今後に繋がる建設的な提案、白熱した議論を生んだ懇談会が終了したあとも、参加した市民記者のあいだでは和気あいあいと立ち話が交わされた。<br>
<br>
　運営委員会メンバーの方々に挨拶してから、他の市民記者と一緒に貸会議室を出たところで、下の階の喫茶店でお茶をしようということになった。いわゆる2次会というべきであろうか。私も他の記者に誘われて数人の市民記者のみの2次会に参加した。それから各自注文したコーヒーなどを飲みながら談論風発、そうした2時間のあいだは記者懇談会に比べてディープな話題が多かった。例えば、アメリカ同時多発テロへの米国政府関与説から今論議となっている尖閣諸島の領有権問題まで。聞き手としてそれらの会話に耳を澄ませている時、玉石混交と言われるインターネット情報のなかから嘘か真かを見極める能力、情報を鵜呑みにせず自分の頭で考えるということの重要性を感じた。<br>
<br>
　その後2次会を終えて、カウンターで割り勘での会計にしてもらい個々に会計を済ませる。全員料金の支払いを済ませて皆で喫茶店を出ると、すでに日が落ちて街中は大分暗くなっていた。喫茶店のある通りにはやはり店の前に黒服の若い男性が立っており、いわゆるネオン輝く繁華街と化している。他の市民記者の面々は固まってその通りをスタスタと歩いて行くが、喫茶店外観の写真を撮るためにそのあとを追いかけなかった。以下は、その時に携帯電話のカメラで撮影した写真である。数枚撮影したあと徒歩で新宿駅東口に向かうが、その途中にクラブ勤めらしき着飾った女性たちが目の前を通り過ぎていく。そうだ、ここはまぎれもなくあの新宿歌舞伎町なのだ、と田舎暮らしの私が実感した瞬間であった。<br>
<br>
　<strong>謝辞</strong><br>
　今回のレポート記事の執筆過程では、『JanJanBlog』運営委員会代表の山口朝氏のご協力を賜りました。この場を借りて、お忙しいところに原稿の確認作業を引き受けてくださったことに対して、蕪雑ながら御礼を申し上げます。私がボールすなわち掲載前の原稿を送り、それに元『JanJan』編集部員の山口氏に事実関係の誤りなどを記して返送していただくという、いわば言葉のキャッチボールを久しぶりに楽しむことができました。市民記者や読者の皆さまには、今回の記事を読んで少しでも実際の懇談会の空気を感じ取っていただければ幸いです。末筆ながら、記事中で発言を紹介した他の市民記者や運営委員会メンバーの方々に感謝しつつ、ひとまずここで筆を擱くことにします。<br>
<br>
<DIV align=right>（「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/17191">『JanJanBlog』の市民記者懇談会に行ってみたら</a>」『JanJanBlog』2010年11月13日付より）</DIV>]]> 
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<title>今月30・31日に「山梨において自殺問題を考える集い」</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51794341.html" />
<modified>2012-02-01T07:09:27Z</modified> 
<issued>2010-10-29T13:17:23+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:ooizumichiji777.51794341</id>
<summary type="text/plain">〈今月30、31日に山梨県甲府市の県立文学館講堂で「山梨において自殺問題を考える集い」が行われる。30日は弁護士の宇都宮健児氏、31日は反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠氏が講演、主催者によるとサイン会も行う予定とのこと。興味ある方はぜひどうぞ。http://is.gd/fJU6...</summary> 
<dc:subject>お知らせ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51794341.html">
<![CDATA[〈今月30、31日に山梨県甲府市の県立文学館講堂で「山梨において自殺問題を考える集い」が行われる。30日は弁護士の宇都宮健児氏、31日は反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠氏が講演、主催者によるとサイン会も行う予定とのこと。興味ある方はぜひどうぞ。<a href="http://www.inochi.or.jp/images/yamanashi100828_omote.pdf">http://is.gd/fJU6i</a>〉（<a href="http://twitter.com/oizumichiji/status/28486540313">筆者ツイッターより</a>）。以下、「いのちのフォーラム」代表・中下大樹氏のブログからの転載ながらご一読願えれば幸いです。<br>
<br>
―――――――――――――――――――――――――――――――――以下転載<br>
<br>
10/30,31に山梨県立文学館講堂に行われる【山梨において自殺問題を考える集い】は、インターネット中継を致します。<br>
<br>
インターネットに接続されている方は、以下のアドレスから無料でご覧になることができます。<br>
<a href="http://www.ustream.tv/channel/5674111">http://www.ustream.tv/channel/5674111 </a><br>
<br>
中継開始時刻<br>
10/30　13時スタート<br>
10/31　9時半スタート<br>
<br>
＝集いの詳細＝<br>
<br>
山梨において自殺問題を考える集い<br>
～生きがい・希望の持てる社会を目指して、私たちが今出来ること～<br>
<br>
●10月30日　12時開場・13時スタート・17時半終了予定<br>
<br>
・反貧困ネットワーク代表　宇都宮健児弁護士基調講演<br>
<br>
・日弁連より自殺対策における取り組み報告<br>
<br>
・自死念慮者、遺族、自殺防止に関わる方より現状報告<br>
<br>
・パネルディスカッション<br>
<br>
　宇都宮健児　弁護士<br>
<br>
　クレジット・サラ金被害者連絡協議会事務局長・本多良男<br>
<br>
　山梨いのちの電話・小島章弘<br>
<br>
　精神科医・根本直幸<br>
<br>
　山梨県立大学看護学部教授・清水惠子<br>
<br>
　コーディネーター・中下大樹<br>
<br>
●10月31日　9時開場　9時30分開始　11時30分終了<br>
<br>
・山梨県の自殺対策における取り組みと報告<br>
<br>
・反貧困ネットワーク事務局長　湯浅誠さん特別講演会<br>
<br>
◇参加費　1日500円（「自殺と貧困から見えてくる日本レポートブック」をお持ちの方は無料）<br>
<br>
場所：山梨県立文学館講堂<br>
　<a href="http://www.bungakukan.pref.yamanashi.jp/info/main05.html">http://www.bungakukan.pref.yamanashi.jp/info/main05.html</a> <br>
　お近くの方は是非会場へ足をお運びください。<br>
<br>
―――――――――――――――――――――――――――――――――転載ここまで<br>
（「<a href="http://ameblo.jp/inochi-forum/entry-10690636753.html">30･31日の山梨集会は、ネット中継を行います!</a>」『中下大樹のブログ』2010年10月29日付より）]]> 
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<title>映画「サウダーヂ」クランクアップ記念イベント潜入記</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51783270.html" />
<modified>2011-11-13T09:42:38Z</modified> 
<issued>2010-09-23T20:57:43+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:ooizumichiji777.51783270</id>
<summary type="text/plain">　はじめに
　今月11日、山梨県甲府市の甲府銀座通り商店街にて、映画「サウダーヂ」（来年公開予定の富田克也監督最新作）のクランクアップ記念イベントが開催された。この記念イベントは、同11日から26日まで行われる「こうふのまちの芸術祭2010」のオープニングを飾る連...</summary> 
<dc:subject>日々雑感</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51783270.html">
<![CDATA[　<strong>はじめに</strong><br>
　今月11日、山梨県甲府市の甲府銀座通り商店街にて、映画「サウダーヂ」（来年公開予定の富田克也監督最新作）のクランクアップ記念イベントが開催された。この記念イベントは、同11日から26日まで行われる「<a href="http://kofuart.net/" target="_blank">こうふのまちの芸術祭2010</a>」のオープニングを飾る連動企画だという（<a href="http://kofuart.net/kofuartevent.pdf" target="_blank">http://kofuart.net/kofuartevent.pdf</a>）。今流行のツイッターでイベントの開催を知った私は、以前に同映画の制作発表イベント取材などでお世話になった富田監督にイベント取材を申し出る。すると後日、是非いらしてください、お待ちしていますという快諾の返事が返ってきた。<br>
<br>
　そこでイベント開催当日、1年にも及ぶ撮影が終了したお祝いを兼ねて記念イベントに駆けつけたというわけである。以下は、先述した映画の制作発表に引き続いて取材を行い、拙いながらも書き上げたイベント潜入記である。記事の終わりでは、イベント関係者にあえて厳しい苦言を呈したが、過去、そして今回の映画関連記事に込めた映画制作を応援する気持ちはまったく変わっていない。序文のなかでそのことに触れたうえで、映画制作を応援する一市民としての思いが『JanJanBlog』読者、そのなかでも記事中で紹介するイベント関係者に届くことを願っている。<br>
<br>
　<strong>映画クランクアップ記念イベント潜入記</strong><br>
　今回の映画クランクアップ記念イベント会場の近くにある「中華レストラン　さんぷく」で食事を摂り、コーヒーを飲みながら取材前の資料読みを済ませたあと、記念イベントが始まる予定時刻の15分前に会場に到着した。商店街アーケードの中心に吊られたスクリーンの周りにはすでに黒山の人だかりが。少し離れたところからそうした会場の様子を見て、観客の熱気で開始時刻が早まるように感じたため、急いで近くの公衆トイレに寄って会場へと戻る。だが、息を切らして商店街アーケードに駆け走ったものの、すでに会場のなかからは音楽が流れはじめていた。<br>
<br>
　歩行者のあいだを通りぬけながら黒山の人だかりに近づくと、スクリーンの近くに並べられた2、30ほどのパイプ椅子には多くの家族連れや夫婦が座っており、その横では若い観客が立ち見でライブパフォーマンスを眺めていた。観客は必ずしもライブ会場にいるような熱狂的な若者ばかりではなく、小さな子どもを連れた家族からお年寄りまで幅広い層に渡っている。それは今回の記念イベントのみならず、昨年9月の制作発表イベントやエキストラとして臨んだ撮影現場にも共通する光景であった。これだけ幅広い層の観客を集める富田監督ら映画スタッフの人徳、後述するヒップホップグループの人気には心から恐れ入るばかりである。<br>
<br>
　それらの観客のなかでも私は大分遅く会場に到着したが、幸いにもパイプ椅子の座席はまだところどころに空席が残っていた。ぽつぽつと空いている空席に座ってからメモ帳や筆記用具をカバンのなかから取り出すと、映画の主要キャストでもあるヒップホップグループ、LIL MAX（ブラジル）の生ライブにしばらく耳を傾ける。このヒップホップの野外ライブでは、私にとっては爆音に近い大きな音が出ているように感じられたが、それが不快ではなくむしろ心地良くすらあるから不思議であった。必ずしもすべての曲が日本語ではないため歌詞が分からないところもあったが、それでも彼らの音楽から伝わってくるものがあったことはここに強調しておきたい。<br>
<br>
　ライブの合間には、イベント会場で配られた映画のチラシに目を落としている椅子の席の観客もいれば、その隣で立ち見のスタッフらしき人々が何か飲みながら談笑している。終始会場のなかはワイワイガヤガヤ、シャッター街と呼ばれる中心商店街が一時とは言えども賑わいを取り戻したように見えた。数曲を披露してライブ出演を終えたLIL MAXのメンバーは、脇の通路で肩を組みながら笑顔で写真を撮っている。記念イベントを様々に楽しんでいる観客や出演者の様子を眺めていると、アーケードを通り抜ける生暖かい風が次第に冷たい風へと変わってくるのが感じられた。<br>
<br>
　次に、LIL MAXと同じく主要キャストとして映画に出演したstillichimiya（山梨県笛吹市一宮町）がヒップホップライブを始めると、携帯電話のカメラで撮影したり音楽に合わせて体を動かす若い観客で一気にその場が熱気を帯びてきた。こうした観客のただならぬ熱気からも、このヒップホップグループがいかに若者のあいだで知名度と人気が高いかが伺える。音楽のテンポに乗りながら片手を上げて手首を上下に振る観客、そして音楽に乗せて一宮への思いをぶつけるstillichimiyaのメンバーの姿からは、有名人のオーラと同じように同世代の体内にみなぎる活力、今この時にしかない若さというエネルギーがひしひしと伝わってきた。<br>
<br>
　ただ、パイプ椅子に座っている周りの観客は年代が高いからだろうか、立ち見の観客とはまったく正反対であった。若い観客のように声を上げず、手拍子もあまりせずに冷静に彼らの歌を聴いている。後ろの席から見ていても、立ち見とパイプ椅子の席の観客とではその空気に明らかな違いが感じ取れた。ライブそのものに話を戻せば、映画の制作発表が行われた屋内とは打って変わってイベント会場が野外となった今回は、音割れが激しく歌詞が聞き取りにくかったのが残念であった。だが、そのなかでも合間のトークはもちろんのこと、CapoeiraNARAHARIとの共演を見ることができたのは大げさでなく両グループの一ファンとしては非常に嬉しかった。<br>
<br>
　計2組のヒップホップグループのライブ終了後、次に行われる映画「Furusato2009」上映の準備に時間がかかるなかで、先述したCapoeiraNARAHARIがカポエイラ（2人で行うブラジル伝統の格闘技）や楽器演奏を披露。カポエイラ自体映画「サウダーヂ」の制作発表で初めて見たが、昨年10月2日付の『JanJan』に掲載された「<a href="http://janjan.voicejapan.org/culture/0910/0909019616/1.php" target="_blank">映画『サウダーヂ』制作発表イベント潜入記</a>」に書いたように「観客は彼ら彼女らの熱演に圧倒され、思わず息を呑んだ」。かく言う私も、彼ら彼女らの熱演に圧倒された観客の一人である。序文のなかで紹介した記念イベントのチラシにはCapoeiraNARAHARIの文字がなかったため、今回はあのカポエイラ実演は見られないのかと残念に思っていただけに嬉しいサプライズであった。目の前でカポエイラ実演が行われると、観客席からは時折「オー、オー」という驚きの歓声が上がっていた。<br>
<br>
　ちなみに、このカポエイラ実演の前には、近くで映画のスタッフと話した後の富田監督と挨拶を交わした。「おかげで良い記事を書くことができました」とこれまでの取材協力にお礼を述べたあと、「今回も（イベントの紹介記事を書かせていただいて）よろしいですか」と尋ねると、富田監督からは即座に紹介記事の掲載をお許しいただけた。そのあと、「すいません、ちょっとドタバタしているもので」と言って映画の上映準備に戻る監督の後ろ姿にお忙しいところを失礼しました、と言って深く頭を下げた。その時にやり取りした会話を思い返すと、先述の通り映画上映の準備で忙しいところを悠長に挨拶したわけで冷や汗が出てくるが、そうした不躾な取材者にも温かく接してくださった富田監督には心から感謝してやまない。<br>
<br>
　ヒップホップライブではアーケードのやや端に並べられていたパイプ椅子を中央に並べ直して上映という前には、映画のエグゼクティブ・プロデューサーを務める笹本貴之氏から上映映画についての説明があった。以前制作発表イベントで聞いた話では、富田監督らが撮影したリサーチ映像がもととなった「Furusaso2009」は本編映画の長い予告編とのこと。今回の笹本氏の説明によると、その本編となる映画「サウダーヂ」は来年の春ごろに公開される予定だという。最後には、笹本氏から映画制作カンパについても紹介がなされ、募金箱を持って回るスタッフが深く頭を下げながら「カンパにご協力お願いします」とカンパ協力を募っていた。カンパについては、また後述するつもりである。<br>
<br>
　上映映画についての説明を終えた笹本氏から「もうしばらくお待ちください」との一言があった後、商店街アーケードのなかの照明を暗くして「Furusato2009」の上映が始まる。映画のなかで「お金ない人学校行けない状況になってるんですよ。食費が払えないから」と話す外国人労働者、過酷な労働状況を強いられている建設労働者らが語る「我が窮状」には粛然とさせられるものがあった。また、こうした生活を送るなかでも、音楽に合わせて歌い踊る彼らの姿には何度観ても心を打たれる。約1時間の上映が終わると観客席から自然に拍手が巻き起こったが、多くの名もなき人々の話に真摯に耳を傾け、この映画の公開に結実させたリサーチャーとしての映画スタッフに改めて拍手を送りたい。<br>
<br>
　映画「Furusato2009」や県内初公開となる予告編（一言で言えば、早く通しで観てみたいと期待が膨らむ内容であった）が上映された後、富田監督と笹本氏によるトークライブが行われた。両氏の自己紹介から始まったこのトークライブのなかでも、私が注目した発言はライブ冒頭で語られた映画公開の詳細についてである。「まず第1回の公開と言いますか、試写をやろうと思っています」と富田監督が語ると、「そうですね」とそれに応える笹本氏。富田監督によれば、「まず甲府で試写会をやって、そのあと映画祭に出品する」という。「まず甲府で試写会を」との発言には、まずこの作品は甲府の皆さんに観てもらいたいという甲府出身の監督の思いが感じられた。<br>
<br>
　こうして3時間にも渡る記念イベントの最後に語られた富田監督の言葉を紹介しておきたい。「（映画「サウダーヂ」は）土方、移民、ヒップホップの3本柱、いろんな人が出ている群像劇でやっている。ホームページを見て何か感じた方は、（制作協力カンパなどで）ぜひご協力をお願いします」と。この場を借りて、氏の言う映画特設サイトのアドレスを記しておきたい。特設サイトのアドレスは「<a href="http://www.saudade-movie.com/" target="_blank">http://www.saudade-movie.com</a>」である、ぜひ一度サイトそれぞれのページを開いてみていただきたい。かくいう私も、近いうちに郵便振替を通じて映画制作の支援にカンパするつもりである。<br>
<br>
　イベント会場が賑わいを見せるなかで、ワイワイガヤガヤとした中心商店街に懐かしさを感じる、まさにサウダーヂ（郷愁）な一夜で非常に楽しいイベントであった。そう、確かに楽しいイベントではあったが、イベント取材のなかでは何か違和感を感じていた。というのも、記事中で紹介したヒップホップライブや映画、予告編上映の最中、パイプ椅子を並べたり巨大スクリーンを吊って狭くなった通路を、自転車を引きながらライブや映画を観る観客に頭を下げて通っているお年寄りの姿、イベントを行っている横で細い通路が混雑している様子が多く見られた。<br>
<br>
　本当に頭を下げなければならないのは、通行を邪魔された歩行者でないのではないか――。このレポート記事を書きながらこうした自問自答を繰り返して思うのは、イベント関係者にはやはりもう少し歩行者に対して心を配ってもらいたい、ということである。イベント終了後、ごみ袋を用意して「ごみはこちらにお願いします」と呼びかける光景が見られたからこそ、そのちょっとした配慮が欠けていたことが少し残念に思えた。ここで、自分たちが良ければ良いのかなどと言うつもりはないが、イベントを行っている横で先に紹介したようなお年寄りの姿や通路が混雑する光景があったことをどうか忘れないでもらいたい。<br>
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関連記事<br>
映画「サウダーヂ」制作発表イベント潜入記―JanJanニュース<br>
<a href="http://janjan.voicejapan.org/culture/0910/0909019616/1.php">http://janjan.voicejapan.org/culture/0910/0909019616/1.php</a><br>
映画「サウダーヂ」にエキストラ出演しました―大泉千路のブログジャーナル<br>
<a href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51674300.html">http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51674300.html</a><br>
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<DIV align=right>（「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/14061">映画『サウダーヂ』クランクアップ記念イベント潜入記</a>」『JanJanBlog』2010年9月23日付より）</DIV>]]> 
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<title>記者クラブ問題・脳科学者茂木健一郎氏への反論</title> 
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<modified>2011-11-13T09:38:49Z</modified> 
<issued>2010-08-30T18:55:52+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">　今流行のツイッターに対して、私は昨年の年末まで「ツイッターって何?」と思っているひとりに過ぎなかったが、経済評論家・勝間和代氏の『目立つ力』（小学館101新書）を読んだことを機にアカウントを取得、ツイッターを利用しはじめた。それは、実際自分自身で試してみな...</summary> 
<dc:subject>メディア</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51775761.html">
<![CDATA[　今流行のツイッターに対して、私は昨年の年末まで「ツイッターって何?」と思っているひとりに過ぎなかったが、経済評論家・勝間和代氏の『目立つ力』（小学館101新書）を読んだことを機にアカウントを取得、ツイッターを利用しはじめた。それは、実際自分自身で試してみなければ、否定することも肯定することもできないと考えたからである。今では、ジャーナリストらが運営するブログやニュースサイトの記事を読むよりも、ツイッターのホーム画面を流れるつぶやき、自ら作成したジャーナリスト、ノンフィクション作家のリストに並ぶつぶやきを読んでいる時間が長いほどだ。そんな「ツイッター症候群」になりつつある（?）私が先日気になって読んだつぶやきが、この記事のタイトルにもある脳科学者の茂木健一郎氏がつぶやいた新聞に関する提案であった。<br>
<br>
　ちなみに、茂木氏の新聞に関する提案は、以下に紹介する項目含め全9項目にわたる。そのうちの「欧米の新聞のように、選挙の際にどの政党を『今回は』支持するのか、立場を明らかにせよ」との提案には以前執筆記事のなかで提案した立場から大賛成、それ以外の提案に関しても至極まっとうな正論と思えるものが多い。ただ、そのなかでもクラブ開放論者としては唯一看過できない発言があったため、あえて今回は氏のその発言をここに引用する次第である。茂木氏による他の提案に興味を持たれた方は、「<a href="http://honnosense.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/kenichiromogi-5.html" target="_blank">日本の新聞をよくするための提案～茂木健一郎@kenichiromogiつぶやき編集</a>」『本のセンセのブログ』2010年7月19日付をご覧いただきたい。<br>
<br>
　〈日本の新聞（3）記者クラブを明日にでも廃止せよ。あるいは、存続させても、クラブ外にも会見を完全オープンとせよ。記事に求められるのは、「見識」である。記者クラブという、何のプリンシプルもない制度を放置していることは、それだけで書き手の見識を疑わせる。〉（<a href="http://twitter.com/kenichiromogi/status/18869225558" target="_blank">茂木健一郎氏のツイッターより。7:43 AM Jul 19th</a>）<br>
<br>
　上に引用した茂木氏の発言に対して、正直なところを言うと私は大きな驚きを隠せずにいる。以前、『文藝春秋』誌への寄稿文のなかでクラブ廃止を唱えた作家の塩野七生氏に対して、「聡明なる塩野先生がこのように幼稚な論理で記者クラブの廃止を唱えるとは」（「<a href="http://janjan.voicejapan.org/media/0912/0911243552/1.php" target="_blank">塩野七生氏に異議あり!　なぜ記者クラブ全廃が必要なのか</a>」『JanJan』2009年12月3日付）と書いたが、過去にはノーベル賞に1番近い脳科学者と言われた（と記憶している）氏に対しても同様の思いを抱いている。今回の記事では、上に引いた氏の発言をなぜ批判するのか、その理由について一言述べたいと思う。<br>
<br>
　私自身のブログや『JanJan』などのニュースサイトでも繰り返し述べているが、私個人はいわゆるクラブ廃止論に対して強い違和感を感じざるを得ない。いかなる組織がイニシアチブを取って記者会見をオープン化することが望ましいかを考えたときに、記者クラブ廃止を唱えることは必ずしも得策ではないと思うからである。なぜかと言えば、クラブを廃止あるいは開放するかどうかを判断するのは権力側でなくあくまでクラブ側であり、記者クラブは第三者が廃止せよと言ったところでなくなるものではない。そうしたなかで第三者がクラブ廃止を唱えることは、クラブがイニシアチブを取って記者会見をオープン化する可能性が失われるということを指摘しておきたい。<br>
<br>
　確かに権力側の介入によって記者会見をオープン化することはできるが、県が会見を主催する形でオープン化した長野県では、時の県知事であった田中康夫氏が厳しい質問をぶつける取材者に指名しないことがあった。田中氏から村井仁氏への県政交代で基本的に全希望者が質問できる形となっているが、いつ田中氏のような「権力者」が現れて公正を欠いた運営をするか分からない。また、昨年の政権交代をきっかけに中央省庁で会見開放の流れが進んでいるが、首相記者会見では会見開始前に予告された終了時刻よりも早く終わることなどが起こっている。このように主催権を持つ知事や大臣によっては公正を欠いた運営、例えば前述したように自らに都合の悪い取材者には指名しなかったり、予告した終了時刻よりも早く会見を締めてしまい、最悪の場合には会見そのものを開かないことすらあり得る。ゆえに記者クラブと非クラブメディアの共催などの検討が必要であり、その検討を始める前に部外者がクラブの廃止を唱えることは決して得策ではない。<br>
<br>
　また、茂木氏は「記者クラブという、何のプリンシプルもない制度を放置していることは、それだけで書き手の見識を疑わせる」と書いて批判しているが、「書き手」すなわちクラブメディアの記者にクラブ改革へと向けた動きがまったく存在しないわけではない。日本新聞労働組合連合の新聞研究部が発行した『しんけん言うトピア～新聞労連新聞研究部この1年の活動～』によれば、昨年2月の第32回部長会議で出席者にアンケートを行ったところ、「記者クラブ自体は必要だが、何らかの改革は必要」とする回答が全体の83.9％を占めた。その一方で、クラブ廃止論者にとっては肝心であろう「記者クラブを廃止すべき」との回答はわずか3.2％に過ぎなかったという。<br>
<br>
　それにも関わらず、茂木氏をはじめ文化人と呼ばれる人々は、テレビや新聞、雑誌などのメディアを通じて大きな影響力を持ちながら「記者クラブを即時廃止すべき」などと言うことしかできないのだろうか。作家やジャーナリスト、大学教授といった職業に就く彼らの語る言葉の貧困さにはほとほとあきれ果ててならない。そこで、彼らクラブ廃止論者の言葉と比較する対象として、作家でジャーナリストの辺見庸氏の論考を以下に引きたいと思う。この論考を一読すれば、クラブ廃止論者の文化人が語る言葉がいかに軽薄なものであるかが分かるだろう。「新しい『ペン部隊』について―対談の補足として」（『私たちはどのような時代に生きているのか』所収）のなかで、辺見氏は新しい「ペン部隊」に属する部隊員たちに対して次のような呼びかけを行っている。<br>
<br>
　〈新しいペン部隊には、司令部も顔も人格も場所的中心もない。鵺のようなものなのだ。撃つべき急所というものがない。じつにうまくできているのだ。ならば、成員に内部からの反乱を呼びかけるしかない。（中略）これは無駄な情熱というものかもしれない。でも、言うべきであろう。顔を取り戻せ、言葉を取り戻せ、文体を取り戻せ、恥を取り戻せ。反乱の勇気がないのなら、その場で静かに穿孔せよ。情報市場に細かな孔を開けてしまえ。帰属する組織にたくさんの私的な孔を穿て。深く密やかに穿孔せよ。まっとうな知の孔を開けよ。孔だらけにしてしまえ。そのように呼びかけるべきである。ひょっとしたら、呼応する者が幾人かいるかもしれない。〉（辺見庸・高橋哲哉著『私たちはどのような時代に生きているのか』角川書店）<br>
<br>
　辺見氏のこの論考を読んで分かったとは思うが、氏の言葉は新しい「ペン部隊」、つまり日本のメディアに対してのものであり、ここで言う記者クラブに向けて発された呼びかけではない。だがこの言葉は、組織としてクラブ開放には反対であるものの、個々の成員はその開放に賛成である記者クラブにも通じるものがある。その意味で先に紹介したクラブ廃止論と比較すると、私にはそれらの論理がいずれも筋が通っておらずに陳腐に思えてならないのである。様々なメディアを通じて大きな影響力を持つ文化人には、例えば行政による記者クラブへの便宜供与、記者会見や記者室のオープン化といった問題について、クラブメディアの記者に筋の通った呼びかけや要求を突きつけてもらいたい。先に紹介した辺見氏の言葉を借りて言えば、そうした呼びかけは「無駄な情熱というものかもしれない。でも、言うべきであろう」と、私はそう強く思うのである。<br>
<br>
<DIV align=right>（「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/12706">記者クラブ問題・脳科学者茂木健一郎氏への反論</a>」『JanJanBlog』2010年8月30日付より）</DIV>]]> 
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<title>【羽場紅亜のコラコラコラム】最終回</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51769759.html" />
<modified>2011-04-11T06:22:13Z</modified> 
<issued>2010-08-11T15:45:13+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:ooizumichiji777.51769759</id>
<summary type="text/plain">私個人、この国を守るために「外国人参政権」「選択的夫婦別姓」「人権擁護法案」「靖国神社に代わる国立追悼施設の代替」「国立国会図書館法」「慰安婦賠償法案」などに断固として反対の立場であります。

これらを党の政策に盛り込み、真性保守政党として日本平和党を再...</summary> 
<dc:subject>羽場紅亜のコラコラコラム</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51769759.html">
<![CDATA[私個人、この国を守るために「外国人参政権」「選択的夫婦別姓」「人権擁護法案」「靖国神社に代わる国立追悼施設の代替」「国立国会図書館法」「慰安婦賠償法案」などに断固として反対の立場であります。<br>
<br>
これらを党の政策に盛り込み、真性保守政党として日本平和党を再スタートさせたいと思い、副党首である大泉千路氏に会談をお願いいたしました。<br>
<br>
2010年7月30日13時から会談することに決まり、日本平和党ウェブサイト内の共用会議場及び電話で会談いたしました。<br>
<br>
会談の焦点は、「外国人参政権の付与」についてでありました。<br>
<br>
約1時間30分に渡る議論の結果、私は一貫として「外国人参政権の付与」に反対する信念を貫きましたが、私の力不足のせいで大泉副党首にご理解をいただけませんでした。<br>
<br>
私は党首でありますので副党首を罷免することもできましたが、私が離党し日本平和党はリベラル政党として残すことのほうが大泉副党首、古泉順一郎党首代行や日本平和党の支持者の皆さまからご理解をいただけると思い、今回私羽場紅亜が離党する運びになりました。<br>
<br>
日本平和党党首として何も結果を残すことができないまま離党するのは残念でありますが、今後は保守を全面的に打ち出して国を死守したいと思っております。<br>
<br>
国を守れるように立派な人間に成長し、国を守ることを皆さまにお誓いして私の離党届とさせていただきます。<br>
<br>
今までお世話になりました。心より感謝御礼を申し上げます。]]> 
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<name>ooizumichiji777</name> 
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<title>「第17回東京国際ブックフェア」最終日取材レポート</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51769193.html" />
<modified>2011-10-26T22:49:26Z</modified> 
<issued>2010-08-09T17:41:01+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:ooizumichiji777.51769193</id>
<summary type="text/plain">　まえがき
　先月8日から11日までの4日間にかけて、東京都江東区の東京ビッグサイト（東京国際展示場）にて「第17回東京国際ブックフェア」（TIBF2010）が開かれた。このブックフェアの開催に合わせて、8日から10日まで「第14回デジタルパブリッシングフェア」、「第1回教...</summary> 
<dc:subject>日々雑感</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51769193.html">
<![CDATA[　<strong>まえがき</strong><br>
　先月8日から11日までの4日間にかけて、東京都江東区の東京ビッグサイト（東京国際展示場）にて「第17回東京国際ブックフェア」（TIBF2010）が開かれた。このブックフェアの開催に合わせて、8日から10日まで「第14回デジタルパブリッシングフェア」、「第1回教育ITソリューションEXPO」（EDIX）を同時開催。そのうち、東京国際ブックフェアの一般公開日は10・11日の両日であった。主催者の来場者数公式発表によると、これらの展示会の総来場者数は過去最多となる8万7449人に上ったというから驚くばかりである（<a href="http://www.bookfair.jp/raijyo.pdf" target="_blank">http://www.bookfair.jp/raijyo.pdf</a>）。<br>
<br>
　今回私が取材に訪れた東京国際ブックフェアは、「世界30カ国より1000社が一堂に出展する日本最大のブックフェア」であり、「毎年、全国各地の書店、図書館・学校関係者、さらには海外出版社や一般読者が多数来場」（「<a href="http://www.bookfair.jp/about/outline.html" target="_blank">開催概要</a>」『第17回東京国際ブックフェア』）しているという。ただ、かくいう私もほんの少し前まではブックフェアの存在を知らなかったひとりである。そんなブックフェアの名前すら知らなかった私がこの出版界のビッグイベントを取材したきっかけは、昨年12月から利用している今流行のツイッターであった。というのも、ブックフェアの名前を初めて知ったのが以下に引用するITジャーナリスト・佐々木俊尚氏のつぶやきであったからである。<br>
<br>
　〈7月10日午後2時、東京ビッグサイトで開催の東京国際ブックフェアで「電子書籍の衝撃」サイン会をします。<a href="http://bit.ly/avzpOp" target="_blank">http://bit.ly/avzpOp</a>〉（<a href="http://twitter.com/sasakitoshinao/status/16503923144" target="_blank">佐々木俊尚氏のツイッターより</a>）<br>
<br>
　佐々木氏が自著のサイン会を行う10日は所用があったため、その日の取材はやむなく断念せざるを得なかったが、翌11日には展示会場の東京ビッグサイトを訪れることができた。このレポート記事では、立ち寄った出版社ブースやイベントのなかからいくつかピックアップしてご紹介したい。また、あらゆる本が特別価格で販売されている展示会場を見て歩くなかで、購買欲に負けて文庫や新書など10冊程度の書籍を購入した。私が購入したそれらの書籍についても、このレポート記事のなかでご紹介することができればと考えている。<br>
<br>
　<strong>○会場入口・受付</strong><br>
　今回の東京国際ブックフェアの会場となった東京ビッグサイトはテレビなどでコンサートや展示会の会場として紹介されることが多いこともあって、その名前や建物の外観をご存知の方も少なくないだろう。東京ビッグサイトについて簡単に紹介しておくと、施設総面積23万平方メートルもの巨大スケールに加え、展示施設と会議施設を併せ持つコンベンションセンターである。そうした会場の外観を見て（仰ぎ見たと言ったほうが正しいかもしれないが）、巨大建造物の威圧感を感じつつもすでに開場時間の午前10時を過ぎているため足早に会場のなかへと向かった。<br>
<br>
　とにかく広大という一言しか出てこない展示場であるが、私が見た限りでは案内看板も立てられていない。そのため方向音痴の私は、来場者の群れのうしろをついて歩いていくと「第17回東京国際ブックフェア」と書かれた巨大看板、そして来場者通路に敷かれたレッドカーペットが見えてきた。突如目に入ってきたその光景に驚きながらも、眼下に広がる1階ロビーへと向かうエレベータに乗った。エレベータを降りると、そこでは一般来場者やプレス（報道関係者）などと区分けされた受付窓口に並ぶ大勢の来場者、受付窓口の前に置かれた机に向かって、当日展示会場で配られていた「来場者登録用紙」を記入している来場者の姿が見られた。<br>
<br>
　広いながらも大混雑するロビーのなかで人の波をかき分けながら窓口のある方向に進むが、ピンク色の用紙（前述した「来場者登録用紙」のこと）に書き込んでいる人々の姿を見て、受付に並ぶ前に何か記入する必要があるのだろうか、と急に不安になって右往左往。だが、受付窓口の周りを右往左往としたところでどうにかなるというものでもない。刻一刻と時間だけが過ぎていくなかで、展示場内のブースを見る時間が失われていくばかりである。そのため、近くにあった「臨時受付」と書かれている窓口の列に並び、私の番が来ると受付の女性に招待券など一式を渡した。すると、すぐに入場者証と当日のイベント案内、コーヒーの交換チケットを手渡されてそれらを受け取った。<br>
<br>
　<strong>○幸福の科学出版（株）ブース</strong><br>
　まず最初に訪れたのは、幸福の科学出版のブースであった。念のため言っておくが、私は宗教法人「幸福の科学」の信者ではなく、同法人総裁の大川隆法氏が出版する「公開霊言」シリーズを信じていない。それらのシリーズ本を買ってまで読もうとも思わないが、「健全なる懐疑心」を持って読むために応募した「<a href="http://www.irhpress.co.jp/pickup/campaign.shtml" target="_blank">大川隆法600著作突破記念プレゼント</a>」に当選した。こうして単行本と一緒に届いたパンフレットを一読して、そのなかに唯一お金を出しても読んでみたいと思った本があった。一応記しておくと、その本は『知的青春のすすめ』というタイトルである。ゆえに偶然幸福の科学出版のブースを通りかかって、この機会に購入しておこうと思いブースを訪問したわけである。<br>
<br>
　ブース前の通路を通りかかった来場者の目を引くよう置かれているテレビでは、先述の大川氏が何やら聴衆に語りかけている様子が映し出され、その近くには氏の「公開霊言」シリーズ本がずらりと並べられている。それらのシリーズの書棚をざっと眺めてみるものの、そのなかにお目当ての本は見当たらない。そこで近くにいた男性店員に声をかけて本を探してもらうことにした。「すいません、ちょっと本を探しているんですが」。そう声をかけてとっさにタイトルを言おうとするが出てこないため、「青春何とかというタイトルだったと思うんですが」。それを聞いた店員がブース内の書棚に案内してくれたが、それは『青春に贈る』というタイトルでお目当ての本ではない。<br>
<br>
　「これではなかったと思うんですが。（そこでタイトルの一部分を思い出して）青春のすすめというタイトルだったような」と私。すると「確かあったと思うんですが…青色の表紙の本ですよね」と言ってまた本を探しはじめる。その本を見つけると差し出してこれですかと男性店員。お目当てであった『知的青春のすすめ』は確かにその本であった。いわゆる読書論かつ宗教家が語る本の読み方という内容に関心を持っていた私は、表紙や値段などを見るとすぐにレジへと直行。特別価格での書籍販売のブックフェアゆえに一般書店で買うよりも安く購入することができた。レジで支払いを済ませたあと、時間をかけて本を探してくれた店員にお礼を言ってからそのブースを離れた。<br>
<br>
　<strong>○鍵本聡プロジェクトブース</strong><br>
　幸福の科学出版のブースを出て展示場のなかを巡っていると、「鍵本聡プロジェクト」と書かれた看板が目に入ってきた。鍵本聡プロジェクトのブースに関しては、ブックフェアのウェブサイトでサイン会情報を得ていた私は、鍵本氏らによる特別講義をまとめた『16歳の教科書』（講談社）を当日自宅から持参していた。氏のサイン会は午後3時開始という予定であったが、可能であればサインを今お願いできればと思いブースに立ち寄ることにした。まずブースに並べられた氏の著書を一通り眺めてから、「持参した本に今先生のサインをいただきたいのですが、大丈夫でしょうか」と目の前にいる着物姿の男性店員に声をかけた。<br>
<br>
　私が声をかけた男性店員よりも早く、近くにいた男性が大丈夫ですよと笑顔で答える。誰あろう、『16歳の教科書』に講師陣として登場している科学ライターの鍵本聡氏であった。鍵本氏本人からの即答にほっと胸をなで下ろしながら、すぐにカバンのなかから取り出した氏の著書を手渡すと、鍵本氏はパラパラとめくりながら一番うしろにある奥付を見る。そして「あっ1刷ですね、すごい」と言ってにこやかに笑顔を見せてくれた。その時サインをしながらであったと思うが、本の発売当初の帯と増刷となった際の帯では微妙にデザインが異なること、他にも鍵本氏が書いた文章が新しく小学校の教科書に掲載されたことなどを教えてくださった。<br>
<br>
　持参した本へのサインを終えた氏から、今日はどちらから来られたんですかと聞かれる場面があり、その質問に山梨からですと答えると鍵本氏はじめブースにいた全員に驚かれる。これはまったく思ってもいなかった反応であったため、そうした反応にこちらが逆にびっくりしてしまった。そのあとも「山梨はワインやブドウが有名ですよね」とのやり取りに始まり、鍵本氏の口から私の出身である甲府の地名が出てくるなどその知識の豊富さに驚かされた。氏がサインをしているあいだには、一般書店でまだ購入していなかった『16歳の教科書』の続編を購入。あまりその場に長居をしてブースの前を占拠してはまずいと、鍵本氏らにサインのお礼を伝えてブースをあとにした。<br>
<br>
　<strong>○（株）平凡社ブース</strong><br>
　次に訪れた平凡社のブースには、評論家・渡辺京二の『逝きし世の面影』があれば買っておきたいと思いふらりと立ち寄った。ブースには、表紙が見えるように作家の特集誌などが並べられており、レジ前のコーナーには半藤一利の『昭和史1926-1945』『昭和史1945-1989』、漢文学者・白川静の字書などが積まれていた。ただ、それらのコーナーには目当てとしていた『逝きし世の面影』は並べられていない。本を品定めしている来場者の横をすり抜けながら新書やライブラリーの書棚を探してみるが、やはりそれらの書棚でも見つけることはできなかった。<br>
<br>
　それでも目当ての本を諦めきれなかった私は、「出版社」と書かれた入場者証（ちなみに、私の入場者証には「一般読者・ユーザー」と書かれていた）を下げている男性店員に声をかけてみる。「すいません、探している本があるんですが」と話しかけた私に「何というタイトルでしょう」と応じる店員。そこで「渡辺京二の『逝きし世の面影』…」と言うと、「今回は10冊ほど入れたんですが、（東京国際ブックフェアは）木曜からやっているのでまだ残っているかどうか」。そこまで言うとレジにいる店員にも声をかけ、数人がかりで本の在庫があるかどうか探してくれた。それでもやはり在庫のすべてが売れてしまったようで、恐縮したように「すいません、やはり残っていないようです」と頭を下げる店員だったが、それだけで私はただただ感謝の気持ちになっていた。<br>
<br>
　ブックフェアで働いているブース店員と言えば大混雑のなかでの忙しさであるから、ここに書いたようなやり取りをいちいち覚えてはいられないだろう。ただ、ブースを訪れる来場者のひとりであった私の胸には確かにその記憶が残っており、少なくともしばらくのあいだはそのことを忘れずにいると思う。ブックフェアで不思議と胸が熱くなるとは思ってもおらず、ブース総がかりで1冊の本を探してくれたことに心から感謝してやまない。この場を借りて一言お礼を言いたいと思う。平凡社ブースの店員の方々、その節は大変お世話になりました。ここに伏して御礼申し上げます。<br>
<br>
　<strong>○（株）筑摩書房ブース</strong><br>
　筑摩書房のブースに足を踏み入れると、左から右まで隅なくちくま文庫が並べられている大きな書棚が目に飛び込んできた。その文庫の書棚の迫力に圧倒されつつも、以前から購入しようと思っていた杉本鉞子の『武士の娘』を探し始めた。だが、書棚の前は本を手に取って眺めている来場者で混雑しており、そのうち本を探そうにも前にもうしろにも身動きが取れなくなりそうになる。そのため、何とか後退して入口近くに置かれたコーナーを回りながら本の目次などを眺めはじめた。<br>
<br>
　この記事を書くにあたって、それらの本のタイトルを思い出そうとしてみたが、そのほとんどをすでに失念していてタイトルが出てこない。唯一思い出したのが、レジカウンター付近にあったノンフィクション作家・佐野眞一の著書が積まれているコーナー、そのなかでも『目と耳と脚を鍛える技術』（ちくまプリマー新書）や『カリスマ―中内功とダイエーの『戦後』」上下巻（ちくま文庫）などであった。<br>
<br>
　本棚に近寄ることさえままならない筑摩書房のブースは、こういっては何だが他の出版社ブースとは比べ物にならないほどの大混雑であった。他の出版社のように、ブース前の通路でチラシを配って宣伝活動をしているというわけでもない。「全アイテムを20％割引で、限定セット販売対象の全集を30％割引で、 バーゲンブックは50％割引」（「<a href="http://www.chikumashobo.co.jp/tibf/2010/" target="_blank">東京国際ブックフェア</a>」『筑摩書房』）というのもあるだろうが、1番の理由は文庫本などの品揃えの良さだと思う。次回こそは、筑摩書房のブースをその日早めに訪れて、あのちくま文庫の書棚をじっくり眺めてみたいと考えている。<br>
<br>
　<strong>○（株）中央公論新社ブース</strong><br>
　数多くの出版社ブースのなかでも、次に気になって立ち寄ったのは中央公論新社のブースであった。前述した筑摩書房のブースほどではないが中央公論新社のブースも混雑しており、書店のようにゆっくりと書棚を眺めながら本を探すというわけにはいきそうもない。そのため、以前から購入したいと思っていた本があればそれらのみで会計を済ませることにした。そのうち1冊は作家・猪瀬直樹の『昭和16年夏の敗戦』、もう1冊は民族学者・梅棹忠夫の『情報の文明学』（いずれも中公文庫）である。<br>
<br>
　猪瀬氏の『昭和16年夏の敗戦』は最近再刊された新著であり、一方梅棹氏の『情報の文明学』は古典的な1冊だが、先月3日の著者の死去で再注目を受けている。もしかしたら注目の本ゆえに売れてしまったのではと不安に襲われたが、運よく2冊とも残っており手にすることができた。早速会計の列に並んで会計を済ませるが、ここでも特別価格で安く購入することができた。これは、基本的に本の価格を下げることのない書店ではあり得ないことで、まさに東京国際ブックフェア様さまである。こうしてお目当ての文庫本を購入することができ、いわゆるホクホク顔でブースを出る私であった。<br>
<br>
　<strong>○読書推進セミナー</strong><br>
　読書推進セミナーの開始時間よりもだいぶ早めにセミナー会場のビッグサイト会議棟に入ったが、そこは非常に静粛な会場で大きなかけ声が重なりあう展示場とはまったく異なる空気が漂っていた。まだ前のほうにはぽつぽつと席が空いていたため、できるだけつめるようにして席に腰をかけた。周りを見渡すと聴講者の多くはうつむき、受付で受け取った「国際ペン東京大会2010」の案内パンフレットに目を落としている。20代の私よりも明らかに年配の聴講者が多かった。その周りでスーツ姿の男性が空席を探す観客を案内したり、自分の席以外に物を置かないようアナウンスをしている。<br>
<br>
　それからカバンからメモ帳や筆記具を取り出し、聴講者の様子や会場の外観などを記録していると、ようやくブックフェア主催者の挨拶のあとに読書推進セミナーが始まった（前のほうの席に座るため、早めに会場入りしたゆえ仕方ないことではあるが）。セミナーの講師は直木賞作家の浅田次郎氏、演題は「読むこと　書くこと　生きること」である。氏のセミナーは、一言で言えば時に抱腹、時にへえと感嘆の声を上げたくなる中身の濃い内容であった。そのため今回のセミナーでは、思わず小型のメモ帳に10枚近く気になった発言を書きつけた。ここでは浅田氏の発言のなかから、これはと思った名言をできるだけ正確に紹介することに努めたい。<br>
<ol>セミナーでの発言内容（一部抜粋）<br>
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1．「読書の時間を取っておかないと、世界を制御する力が無くなっていく」、2．「中国の漢詩的に言うと、読書人は読み書きのできる人のことを言う」、3．「（読み書きができなかったが、人間的魅力のあった）張作霖の人生は、読み書きは大切だが人間にとって読み書きより大切なものがあると教えてくれた人生であった」、4．「読書は道楽。読書を勉強にしないこと」、5．「（昭和30年代は）図書館は敷居が高くて大人しか入れなかった。本が無かった時代で、ブックフェアなんて夢みたいな話です」、6．「面白いからやるんですよ、読書っていうのは」、7．「本というのは楽しむことなんですね、とにかく」、8．「読書は娯楽であり道楽」、9．「読書の時間を意識的に作るようにしましょう」、10．「日本語は手で書く、縦に書く。これが大事」、11．「横書きは書きづらいし、うまくならない」、12．「読書の時間を作る、（自分の子どもに対して）読書を娯楽の時間にさせる、字は縦に書け」</ol>　いまパソコンに向かいながら、読書推進セミナーの様子を改めて思い返すと、とにかく会場から笑いが起きる回数が多かったという印象が強く残っている。特にセミナー中盤で語られたペンネームやサインにまつわるエピソードでは、もっともセミナー会場での笑いが大きかったように思う。ただ、氏が語るのは何も笑い話だけではなく、聴講者にとって非常にためになる話も多かった。そのなかでも、1日1冊主義をモットーとする浅田氏が語る読書論は興味深いものがあった。上に紹介した名言のなかでも、読書に関する発言を多く紹介しているのはそのためである。氏のセミナーには、別会場での生中継が行われるほど聴講希望が殺到したというが、今回氏の生講演を聞いてセミナー講師としての人気の秘密が少し理解できたような気がした。<br>
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　<strong>○（株）ディスカヴァー・トゥエンティワンブース</strong><br>
　どこを歩いているかも分からずにふらふらと歩いていると、大書きされた「Discover」の看板が目に飛び込んできた。ディスカヴァー・トゥエンティワンに関しては、その出版社ブースで行われる作家・白取春彦氏のサイン会に参加するため、同社のウェブサイトから事前に参加を申し込んでいた。ブースでの書籍購入者だけでなく当日持参してもサイン会には参加可能とあったが、氏の訳書を持っていない私はサイン会前に買っておこうとブースに立ち寄った。数人の来場者が本の品定めをしていたが、他のブースに比べるとそれほど混雑してはいない。ブースの入口を抜けて、白取氏が訳者を務める『超訳　ニーチェの言葉』を探すと、大量に棚積みされたためすぐに見つけることができた。<br>
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　ものの数分でお目当ての本を見つけて、せっかく立ち寄ったのだからもう1冊購入しておこう、と欲を出して書棚をじっくりと眺めはじめた。以前購入したことのある『働く理由』とその続編、また時の人となっている経済評論家で公認会計士の勝間和代氏の著書などが並べられている。近くには『勉学術』という本が置かれており、表紙にはタイトルとともに白取春彦という著者名が書かれている。もしやと思いその本のなかのプロフィールを見ると、確かに前出の『超訳　ニーチェの言葉』訳者の白取氏と同一人物であった。この本にもサインをもらえるのだろうか、と思った私は、レジカウンターの店員嬢に「すいません、この本にも（白取）先生のサインをいただけるでしょうか」と声をかけてみた。すると、「全然大丈夫です」とにこやかに答える店員嬢。その店員の一言ですぐに購入することを決め、レジで会計を済ませて2冊の本が入った袋とサイン会の整理券を受け取る。 <br>
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　その後、前述した作家・浅田次郎氏の読書推進セミナーを聞いたのち、急いで会議棟を出て展示場内のディスカヴァー・トゥエンティワンのブースへと向かう。というのも、講演が終わったのが午後2時で、白取氏のサイン会が2時から3時までであった。サイン会の次に参加予定の日本ペンクラブ主催シンポジウムは2時40分からで、サイン会に参加してからシンポジウムを聞くにはあと40分しかない。そのため急いでブースに向かっていた私は、時間がもったいないと案内図など見ずにこの方向にブースがあったはずと勘のみを頼っていた。それでも何とかディスカヴァー・トゥエンティワンのブースにたどり着いたが、午前中とは打って変わってブース前はもちろんブース内も大混雑の様相を呈していた。<br>
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　すでにブースのなかでは、ブックフェアのウェブサイトに掲載されている写真そのままにダンディな白取氏がサイン会を開いている。混雑するブース内で事前に購入した本を取り出しながら、列ができているのだろうか、だとすればブース前は人込みができて並べなさそうなどと思っていると、午前本を購入した際にレジ打ちをしていた店員嬢が気づいて「こちらにどうぞ」と言ってくれた。もし声をかけてもらえずにその場にグズグズとしていたら、後述のシンポジウムには間に合わなかったかもしれない。その意味で親切な店員嬢には心から感謝の一言である。晴れて白取氏から前出の2冊にサインをしてもらい氏から手渡しで本を受け取ると、「ありがとうございました」とお礼を言ってすっと後ろを振り向いた。うしろにはすでに長い列ができておりギョッとしながらも、その列の横を通り抜けブースを出て、再びシンポジウム会場の会議棟へと向かった。<br>
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　<strong>○日本ペンクラブ予告シンポジウム</strong><br>
　次に今年9月に開かれる「国際ペン東京大会2010」のテーマを演題に討論する予告シンポジウム「環境と文学―いま、何を書くか」を聴講。日本ペンクラブを主催に作家の阿刀田高氏をはじめ（日本ペン会長である氏はシンポジウムの基調講演を行った）、有名作家などそうそうたる著名人が集まった。パネリストは中村敦夫、佐藤アヤ子、西木正明の3氏、司会は吉岡忍氏が務めた（パネリスト、司会者のいずれも作家）。以下では、これらパネリストや司会者の発言などに注目して1人ずつご紹介していきたいと思う。<br>
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　まず、今回のシンポジウムで司会を務めたノンフィクション作家の吉岡忍氏である。吉岡氏に対しては発言の内容よりもむしろその声の若さに驚いたといったほうが良い。氏と似た声を持った人物を知っているが、その人物は30代のとある映画監督である。ちなみに前述した浅田氏のセミナーでは、前のほうの聴講者の頭とかぶって氏の顔が見えなかったため、首を傾けてメモを取りながら聞いていたが、その時も浅田氏の喋り方が評論家の佐藤優氏と似ている、と感じていた。ただ、それは話の盛り上げ方や言葉の語尾が似ているというものであって、声そのものが似ていると思ったわけではない。それだけに、60代の作家と私の知る30代の映画監督の声が重なって思えたのは、私自身にとっても不思議な感覚であった。<br>
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　次に、作家で俳優の中村敦夫氏の発言である。シンポジウム冒頭、聞き覚えのある渋い声で「文学者に環境運動なんかできるのかと思った。私は政治の世界でよく知ってますから」と語った中村氏は、その後も資源によって経済成長がもたらされることを挙げて「経済成長が永遠」は嘘だと断じるなどした。このように、はっきりした物言いをする氏について、シンポジウム会場のなかでメモ帳の片隅に「一刀両断の（木枯らし）紋次郎」と書いた。氏の指摘が正しいかどうかは置いておくとして、辛口に物言う氏の発言は聞いていて小気味よく感じさせるものがあった。それは物事の是非をはっきりと断じるだけではなく、物事を噛み砕いて平易に話す分かりやすさがあったからだろう、と私は思っている。<br>
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　それでは次に、明治学院大学教授で翻訳家の佐藤アヤ子氏の発言である。日本カナダ文学会の会長を務めている佐藤氏は、「日本とカナダでは自然に対する捉え方が異なる」と指摘した。佐藤氏によれば、日本は花鳥風月という見方があるが、一方のカナダでは自然がモンスターと捉えられているという。この発言を聞くまで、美しく豊かな自然の景色すなわち「花鳥風月」は当たり前にあるものとし深く考えることはなかったが、いかに自然に怖さではなく美しさを感じることが幸せであるかを強く実感することができた。自然に対する認識は、自らの生活に与える影響が比較的大きいかどうかも関わってくるのだろうが、氏の発言を聞いて「花鳥風月」という捉え方の素晴らしさを再認識させられた。<br>
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　最後に紹介するのは作家の西木正明氏の発言である。今回のシンポジウムのなかでの「狼が人を襲ったケースはない。稀にあるのは、狂犬病にかかった狼である」という指摘には、「へえそうなのか、まったく知らなかったなあ」と思わず言いそうになったほど目からウロコの思いがした。私たち日本人、少なくとも私個人のなかでは狼が人を襲う動物であるとの先入観ができており、それらの先入観を覆す氏の指摘は非常に興味深いものがあった。パネリスト3氏が自らの考えを述べ合った今回のシンポジウムは、これまでの自分がいかに「知ってるつもり」であったかを気づかせてくれる有意義な時間であったように思う。<br>
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　<strong>○（株）文藝春秋ブース</strong><br>
　この日最後に訪れたのは、出版社のなかでも老舗中の老舗として知られる文藝春秋のブースである。その時間帯に他の出版社ブースと比べて人混みが少なかったこともあるが、文春文庫が並べられた書棚を見て誘いこまれたと言ったほうが正しいかもしれない。すでにブックフェア終了の10分前に迫っていたため、私の記憶が正しければ文庫は3割引、雑誌は500円均一という半ば叩き売りになっていた。それゆえに気になる幾冊の文庫本を購入しておこうと、目を1点に集中させて本棚を眺めはじめる。作家松本清張のノンフィクション『日本の黒い霧』上下巻などが気になったが、そこは持参した財布の中身との相談や列車で帰宅する際の荷物の持ち帰りといった問題が出てくる。結局、ブックフェア最後の買い物として作家半藤一利の『清張さんと司馬さん』、ジャーナリスト近藤紘一の『サイゴンのいちばん長い日』の計2冊を購入するに留めた。<br>
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　<strong>あとがき</strong><br>
　これまで、テレビや雑誌などを通じて「出版不況」でベストセラー以外の本が売れないとの嘆きが聞かれ続けてきたが、最近ではその出版不況の打開策として電子書籍に期待の声が上がっている。こうしたなかで「電子書籍が紙の書籍を駆逐する」などとも言われているが、本当に紙の本は電子書籍の浸透によって消えていく運命にあるのだろうか。日ごろからそうした疑問を感じていた私は、東京国際ブックフェアの開催を知ってその最終日に取材へと向かうことにした。実際にブックフェアの会場で文庫や新書などの書籍と本を愛する人々の多さに対面して感じたことは、今後電子書籍が浸透するとしても紙の本が消えるとは思えない、というものであった。<br>
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　ちなみに、地方紙のエッセイに紙への思いを綴った作家の林真理子氏も同様のことを述べている。このレポート記事の終わりに「電子出版が紙を越える、などとはどうしても思えない」と語る林氏のエッセイの一節を引用しておきたい。「ご存知のように、今、日本の出版界は黒船のような大変事を迎えている。キンドルやiPadといったようなものが、もうじき紙を駆逐するとまで言われているのだ。（中略）しかし超アナログ派と言われてもいいが、電子出版が紙を越える、などとはどうしても思えない。（中略）子どもの頃からの記憶もすべてここにある。そして今はここから日々の糧を収穫している。紙は私にとって大地なのである。」（『山梨日日新聞』2010年7月1日付朝刊）<br>
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　さて少し話は逸れるが、私が愛読する『文藝春秋』の2010年8月号に掲載された記事中の写真に次のような一文が添えられていた。「セレンゲティとは『永遠に続く大地』を意味するという」（「世界遺産の宿（タンザニア編）」『文藝春秋』2010年8月号）――。今後、電子書籍が子どもからお年寄りまで広く浸透しようとも、林氏が言うように紙は大地であってそれは永遠に続く果てなき大地なのだと私は思う。上に引いた言葉を借りて言えば、紙は大地、永遠に消えることのないセレンゲティなのだ、と確信を強めた今回の取材であった。（文中一部敬称略）<br>
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参考リンク<br>
　<a href="http://www.bookfair.jp/" target="_blank">第17回東京国際ブックフェア（TIBF2010）</a><br>
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<DIV align=right>（「<a href="http://www.janjanblog.com/archives/9057">『第17回東京国際ブックフェア』最終日取材レポート</a>」『JanJanBlog』2010年8月9日付より）</DIV>]]> 
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<author>
<name>ooizumichiji777</name> 
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