はじめに
 今月11日、山梨県甲府市の甲府銀座通り商店街にて、映画「サウダーヂ」(来年公開予定の富田克也監督最新作)のクランクアップ記念イベントが開催された。この記念イベントは、同11日から26日まで行われる「こうふのまちの芸術祭2010」のオープニングを飾る連動企画だという(http://kofuart.net/kofuartevent.pdf)。今流行のツイッターでイベントの開催を知った私は、以前に同映画の制作発表イベント取材などでお世話になった富田監督にイベント取材を申し出る。すると後日、是非いらしてください、お待ちしていますという快諾の返事が返ってきた。

 そこでイベント開催当日、1年にも及ぶ撮影が終了したお祝いを兼ねて記念イベントに駆けつけたというわけである。以下は、先述した映画の制作発表に引き続いて取材を行い、拙いながらも書き上げたイベント潜入記である。記事の終わりでは、イベント関係者にあえて厳しい苦言を呈したが、過去、そして今回の映画関連記事に込めた映画制作を応援する気持ちはまったく変わっていない。序文のなかでそのことに触れたうえで、映画制作を応援する一市民としての思いが『JanJanBlog』読者、そのなかでも記事中で紹介するイベント関係者に届くことを願っている。

 映画クランクアップ記念イベント潜入記
 今回の映画クランクアップ記念イベント会場の近くにある「中華レストラン さんぷく」で食事を摂り、コーヒーを飲みながら取材前の資料読みを済ませたあと、記念イベントが始まる予定時刻の15分前に会場に到着した。商店街アーケードの中心に吊られたスクリーンの周りにはすでに黒山の人だかりが。少し離れたところからそうした会場の様子を見て、観客の熱気で開始時刻が早まるように感じたため、急いで近くの公衆トイレに寄って会場へと戻る。だが、息を切らして商店街アーケードに駆け走ったものの、すでに会場のなかからは音楽が流れはじめていた。

 歩行者のあいだを通りぬけながら黒山の人だかりに近づくと、スクリーンの近くに並べられた2、30ほどのパイプ椅子には多くの家族連れや夫婦が座っており、その横では若い観客が立ち見でライブパフォーマンスを眺めていた。観客は必ずしもライブ会場にいるような熱狂的な若者ばかりではなく、小さな子どもを連れた家族からお年寄りまで幅広い層に渡っている。それは今回の記念イベントのみならず、昨年9月の制作発表イベントやエキストラとして臨んだ撮影現場にも共通する光景であった。これだけ幅広い層の観客を集める富田監督ら映画スタッフの人徳、後述するヒップホップグループの人気には心から恐れ入るばかりである。

 それらの観客のなかでも私は大分遅く会場に到着したが、幸いにもパイプ椅子の座席はまだところどころに空席が残っていた。ぽつぽつと空いている空席に座ってからメモ帳や筆記用具をカバンのなかから取り出すと、映画の主要キャストでもあるヒップホップグループ、LIL MAX(ブラジル)の生ライブにしばらく耳を傾ける。このヒップホップの野外ライブでは、私にとっては爆音に近い大きな音が出ているように感じられたが、それが不快ではなくむしろ心地良くすらあるから不思議であった。必ずしもすべての曲が日本語ではないため歌詞が分からないところもあったが、それでも彼らの音楽から伝わってくるものがあったことはここに強調しておきたい。

 ライブの合間には、イベント会場で配られた映画のチラシに目を落としている椅子の席の観客もいれば、その隣で立ち見のスタッフらしき人々が何か飲みながら談笑している。終始会場のなかはワイワイガヤガヤ、シャッター街と呼ばれる中心商店街が一時とは言えども賑わいを取り戻したように見えた。数曲を披露してライブ出演を終えたLIL MAXのメンバーは、脇の通路で肩を組みながら笑顔で写真を撮っている。記念イベントを様々に楽しんでいる観客や出演者の様子を眺めていると、アーケードを通り抜ける生暖かい風が次第に冷たい風へと変わってくるのが感じられた。

 次に、LIL MAXと同じく主要キャストとして映画に出演したstillichimiya(山梨県笛吹市一宮町)がヒップホップライブを始めると、携帯電話のカメラで撮影したり音楽に合わせて体を動かす若い観客で一気にその場が熱気を帯びてきた。こうした観客のただならぬ熱気からも、このヒップホップグループがいかに若者のあいだで知名度と人気が高いかが伺える。音楽のテンポに乗りながら片手を上げて手首を上下に振る観客、そして音楽に乗せて一宮への思いをぶつけるstillichimiyaのメンバーの姿からは、有名人のオーラと同じように同世代の体内にみなぎる活力、今この時にしかない若さというエネルギーがひしひしと伝わってきた。

 ただ、パイプ椅子に座っている周りの観客は年代が高いからだろうか、立ち見の観客とはまったく正反対であった。若い観客のように声を上げず、手拍子もあまりせずに冷静に彼らの歌を聴いている。後ろの席から見ていても、立ち見とパイプ椅子の席の観客とではその空気に明らかな違いが感じ取れた。ライブそのものに話を戻せば、映画の制作発表が行われた屋内とは打って変わってイベント会場が野外となった今回は、音割れが激しく歌詞が聞き取りにくかったのが残念であった。だが、そのなかでも合間のトークはもちろんのこと、CapoeiraNARAHARIとの共演を見ることができたのは大げさでなく両グループの一ファンとしては非常に嬉しかった。

 計2組のヒップホップグループのライブ終了後、次に行われる映画「Furusato2009」上映の準備に時間がかかるなかで、先述したCapoeiraNARAHARIがカポエイラ(2人で行うブラジル伝統の格闘技)や楽器演奏を披露。カポエイラ自体映画「サウダーヂ」の制作発表で初めて見たが、昨年10月2日付の『JanJan』に掲載された「映画『サウダーヂ』制作発表イベント潜入記」に書いたように「観客は彼ら彼女らの熱演に圧倒され、思わず息を呑んだ」。かく言う私も、彼ら彼女らの熱演に圧倒された観客の一人である。序文のなかで紹介した記念イベントのチラシにはCapoeiraNARAHARIの文字がなかったため、今回はあのカポエイラ実演は見られないのかと残念に思っていただけに嬉しいサプライズであった。目の前でカポエイラ実演が行われると、観客席からは時折「オー、オー」という驚きの歓声が上がっていた。

 ちなみに、このカポエイラ実演の前には、近くで映画のスタッフと話した後の富田監督と挨拶を交わした。「おかげで良い記事を書くことができました」とこれまでの取材協力にお礼を述べたあと、「今回も(イベントの紹介記事を書かせていただいて)よろしいですか」と尋ねると、富田監督からは即座に紹介記事の掲載をお許しいただけた。そのあと、「すいません、ちょっとドタバタしているもので」と言って映画の上映準備に戻る監督の後ろ姿にお忙しいところを失礼しました、と言って深く頭を下げた。その時にやり取りした会話を思い返すと、先述の通り映画上映の準備で忙しいところを悠長に挨拶したわけで冷や汗が出てくるが、そうした不躾な取材者にも温かく接してくださった富田監督には心から感謝してやまない。

 ヒップホップライブではアーケードのやや端に並べられていたパイプ椅子を中央に並べ直して上映という前には、映画のエグゼクティブ・プロデューサーを務める笹本貴之氏から上映映画についての説明があった。以前制作発表イベントで聞いた話では、富田監督らが撮影したリサーチ映像がもととなった「Furusaso2009」は本編映画の長い予告編とのこと。今回の笹本氏の説明によると、その本編となる映画「サウダーヂ」は来年の春ごろに公開される予定だという。最後には、笹本氏から映画制作カンパについても紹介がなされ、募金箱を持って回るスタッフが深く頭を下げながら「カンパにご協力お願いします」とカンパ協力を募っていた。カンパについては、また後述するつもりである。

 上映映画についての説明を終えた笹本氏から「もうしばらくお待ちください」との一言があった後、商店街アーケードのなかの照明を暗くして「Furusato2009」の上映が始まる。映画のなかで「お金ない人学校行けない状況になってるんですよ。食費が払えないから」と話す外国人労働者、過酷な労働状況を強いられている建設労働者らが語る「我が窮状」には粛然とさせられるものがあった。また、こうした生活を送るなかでも、音楽に合わせて歌い踊る彼らの姿には何度観ても心を打たれる。約1時間の上映が終わると観客席から自然に拍手が巻き起こったが、多くの名もなき人々の話に真摯に耳を傾け、この映画の公開に結実させたリサーチャーとしての映画スタッフに改めて拍手を送りたい。

 映画「Furusato2009」や県内初公開となる予告編(一言で言えば、早く通しで観てみたいと期待が膨らむ内容であった)が上映された後、富田監督と笹本氏によるトークライブが行われた。両氏の自己紹介から始まったこのトークライブのなかでも、私が注目した発言はライブ冒頭で語られた映画公開の詳細についてである。「まず第1回の公開と言いますか、試写をやろうと思っています」と富田監督が語ると、「そうですね」とそれに応える笹本氏。富田監督によれば、「まず甲府で試写会をやって、そのあと映画祭に出品する」という。「まず甲府で試写会を」との発言には、まずこの作品は甲府の皆さんに観てもらいたいという甲府出身の監督の思いが感じられた。

 こうして3時間にも渡る記念イベントの最後に語られた富田監督の言葉を紹介しておきたい。「(映画「サウダーヂ」は)土方、移民、ヒップホップの3本柱、いろんな人が出ている群像劇でやっている。ホームページを見て何か感じた方は、(制作協力カンパなどで)ぜひご協力をお願いします」と。この場を借りて、氏の言う映画特設サイトのアドレスを記しておきたい。特設サイトのアドレスは「http://www.saudade-movie.com」である、ぜひ一度サイトそれぞれのページを開いてみていただきたい。かくいう私も、近いうちに郵便振替を通じて映画制作の支援にカンパするつもりである。

 イベント会場が賑わいを見せるなかで、ワイワイガヤガヤとした中心商店街に懐かしさを感じる、まさにサウダーヂ(郷愁)な一夜で非常に楽しいイベントであった。そう、確かに楽しいイベントではあったが、イベント取材のなかでは何か違和感を感じていた。というのも、記事中で紹介したヒップホップライブや映画、予告編上映の最中、パイプ椅子を並べたり巨大スクリーンを吊って狭くなった通路を、自転車を引きながらライブや映画を観る観客に頭を下げて通っているお年寄りの姿、イベントを行っている横で細い通路が混雑している様子が多く見られた。

 本当に頭を下げなければならないのは、通行を邪魔された歩行者でないのではないか――。このレポート記事を書きながらこうした自問自答を繰り返して思うのは、イベント関係者にはやはりもう少し歩行者に対して心を配ってもらいたい、ということである。イベント終了後、ごみ袋を用意して「ごみはこちらにお願いします」と呼びかける光景が見られたからこそ、そのちょっとした配慮が欠けていたことが少し残念に思えた。ここで、自分たちが良ければ良いのかなどと言うつもりはないが、イベントを行っている横で先に紹介したようなお年寄りの姿や通路が混雑する光景があったことをどうか忘れないでもらいたい。

関連記事
映画「サウダーヂ」制作発表イベント潜入記―JanJanニュース
http://janjan.voicejapan.org/culture/0910/0909019616/1.php
映画「サウダーヂ」にエキストラ出演しました―大泉千路のブログジャーナル
http://c-oizumi.doorblog.jp/archives/51674300.html

(「映画『サウダーヂ』クランクアップ記念イベント潜入記」『JanJanBlog』2010年9月23日付より)