1、はじめに
 先日のことである。『JanJan』のオムニバス欄に「苦言を呈したい、注意書きの氾濫」が掲載され、このブログにも記事を転載した。そうすると、記事を転載したブログに早速読者の方からの反響が舞い込んできた。それは、「それではどうすれば良いと考えますか」という質問などであった。この質問が届いたこともあり、今日はモラルに反した行為にどう対処していけばよいかを考えることにしたい。それは、「注意書きなどによる抑止は真の解決策になり得ない」と言い切った者の義務でもあるだろう。

 早速だが、「苦言を呈したい、注意書きの氾濫」でも述べたように、私は行き過ぎた注意書きの掲示には反対である。手っ取り早いからと言って、その手段を選んでしまえば、飲食店での整髪といった行為をしてきた人々に間違いや失敗の意識を持たせられなくなる。それではどうすれば良いか。若い世代の場合、血のつながった家族、特に親が子に対して、恥ずかしいことをしてはならないなどと日常から言い聞かせる必要があると考える。以下では、注意書きや法律による抑止に異論を唱える私が、親や家族による抑止を提案する理由を述べていきたい。

 2、親が子に言い聞かせるべきこと
 つい最近、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が書かれた『日本人の美徳―誇りある日本人になろう』(宝島社新書)を読んだ。櫻井氏はこの自著のなかで、あるテレビ番組が行った、電車のなかで化粧をする女性たちに関する実験について述べている。注意書きに頼らないモラル崩壊の解決策を示す上で、まず氏の述べる実験結果を以下に紹介することにしたい。

 〈20代の女性6人に電車に乗ってもらい、それぞれに課題を与えるのです。課題は封筒に入っていて、電車に乗って初めて、課題の書かれた紙を開くことになっています。その紙には、「目的地の○○駅にたどりつくまでに化粧をすませてください」と書いてありました。それを読んで、何のためらいもなく化粧ポーチを取り出して、パッパッと化粧をする女性もいましたが、人の視線を気にして、人があまりいないような席を見つけ、見られないようにして口紅を引いていた人もいます。
 かと思えば、課題を読んで困惑し、目的の駅についてからトイレで化粧をした女性もいました。つまり、人前で化粧ができなかった人と、平気でできた人に大別されたわけです〉
(櫻井よしこ著『日本人の美徳―誇りある日本人になろう』宝島社新書)

 このように、上に紹介した調査では同年代の女性6人が人前で化粧のできなかった人とそれを平気でできた人に大別された。それはなぜだろうか。櫻井氏によると、それは人前で化粧ができなかった女性たちに1つの共通点があったからだという。それは、彼女たちが祖母と一緒に住んでいる3世代家族の孫であったことである。氏は、これに続けて次のように指摘している。事例としては少人数であるから、それを基準に結論づけるようなことは危険かもしれないが、少なくとも3世代家族と核家族の間に伝承する価値観の違いがあることを示している、と。

 とすれば、3世代家族と核家族の間にある「伝承する価値観の違い」とは一体何なのか。櫻井氏は、3世代家族の場合は祖母らが「恥ずかしいことはしてはいけないよ」「みっともないことはしないようにしなさい」「他人に迷惑を掛けるようなことは慎みなさい」と日ごろから言い聞かせているとの考えを述べている。確かにこれらの言葉を言い聞かせられたからこそ、課題の書かれた紙を見ても、その場で化粧をしようとはしなかったのかもしれない。ただ、この場合には、上の価値観の伝承が重要であって、必ずしも伝承者は祖父や祖母ら先の世代である必要はないだろう。「恥ずかしいことはしてはいけません」「みっともないことはしないようにしなさい」「周りに迷惑を掛けることは慎みなさい」といったことは、親が子に言い聞かせるべきことである。

 3、人前での整髪はなぜ駄目なのか
 「人前での化粧はなぜ駄目なのか。簡単明瞭です。はしたないからです。はしたないことはしていけないのです。これ自体が、日本人の基本的な価値観の一つです」。これは、先に紹介した『日本人の美徳』に書かれた櫻井よしこ氏の言葉である。氏の指摘には私も賛同するが、これは記事の冒頭に述べた飲食店での整髪にも言えることであろう。「人前での整髪がなぜ駄目なのか。はしたないからです。はしたないことはしていけないのです」と。こうしたことからは「人間にとって最も重要なことの多くは、論理的に説明できない」(藤原正彦著『国家の品格』新潮新書)と言えよう。人前での整髪が駄目だというのは、論理で説明することはできないのである。

 また、氏は先に紹介した自著のなかで次のようなことも述べている。〈それでもやはり、若い人には言うべきことは言っておきたいと思います。世の中はこういうものだと思ってしまっては、間違いも失敗もしてしまうでしょうから、誰かが口うるさく言ってやらないと分からないこともあるのです〉。氏の指摘通り、世の中はこういうものだと思っては、失敗などを犯してしまうことがある。若いうちの失敗自体は悪いことではないのだろうが、そうした失敗を失敗と気づかずに同じ失敗を繰り返すのは不徳である。だからこそ、若い世代には口うるさく公私の区別や周囲への配慮を言い聞かせる存在が必要である。そういった存在を果たせるのは人生の先輩であり、子の親しかいない。

 話は少し変わるが、先日ある情報番組を見ていると、マスコミの囲み取材を受けている際にエッセイストの海老名香葉子氏が「親はいつまでも親。だから親は偉いんです」と仰っていた。海老名氏の言うようにいつまで経っても親は親であり、だからこそ、親は子に尊敬されるべき偉い存在である。そうした偉い親であるからこそ、子に言い聞かせられること、言い聞かせなくてはならないことがある。それこそが「恥ずかしいことはしてはいけません」「みっともないことはしないようにしなさい」「周りに迷惑を掛けることは慎みなさい」ということである。

(「偉い親だからこそ、言い聞かせられることもある」『JanJan』2009年3月13日付より。
なお、ブログへの記事転載に際し、一部加筆・修正を施した。)