1.はじめに
 最近、「こだわる」という言葉が褒め言葉や宣伝文句として使われているが、若い世代に比べて年配の世代はこの用法に抵抗を感じるという。詳細は考察で後述するが、考えてみると確かに良い意味で使われる「こだわる」はおかしな表現である。タモリのジャポニカロゴス国語辞典編集部編(2006)によると、もともと「さしさわる」「さまたげとなる」という意味があることがその理由だ。例えば、「過去の失敗にこだわる」のように、「ささいなことを必要以上に気にすること」(北原2007)を表すために用いる。しかし、現在では「本物の感触にこだわる」など、「細かな点にまで気を使って価値を追求すること」(北原2007)を表す場合にも使われている。
 このように、本来悪い意味を持つ言葉であった「こだわる」という言葉が一転して、良い意味の言葉としても使われるようになったのは何故なのであろうか。そこで本レポートでは、「こだわる」の持つ意味の変遷を明らかにしていきたい。以下では、まず二節で「こだわる」の意味の変遷について、辞典や文献などを参照しながら考察を進める。次の三節では、終わりに論旨を要約するとともに、今後の課題を述べることで本レポートのまとめとしたい。なお、この記事は、大学における講義科目の課題レポートに一部加筆を加えて掲載するものである。そのため、レポート執筆の際に参考とした文献の著作者に対する敬称は、レポートの観点から省略させていただく。

2.本レポートにおける考察
 「こだわる」という言葉は、「はじめに」で述べた意味以外にも、江戸時代からみられる例では「物がつかえる」「難癖をつける」といった意味で使われた(小林2005)。それまで「こだわり」は良くない意味で用いられていたが、1970年代から良い意味の言葉としても使われるようになったといわれている(梅津2005)。その後「自然の味にこだわる」「素材にこだわる」などの表現や「こだわりのコーヒー」のような宣伝文句が見られるようになった(小林2005)。
 しかし、それでは何故、良い評価に用いられる「こだわる」が1970年代から使われるようになったのであろうか。梅津(2005)によると、1970年代後半、ベトナム戦争の終結によって若者文化が戻ってきた米国の若者の遊びや流行に目をつけた雑誌が生まれ、最近の用法と同じ「こだわる」が多く使われたという。梅津は、その当時に若者によって「こだわる」が多く用いられたことについて、個性が尊重される時代になり、若者には個人の思いや考えで自分ならではのモノに執着することがかっこいいことに思えたのではないかと指摘する。また、若者にとってかっこよさを表現するのに「執着する」や「固執する」といった言葉では堅苦しく、他の表現にもこれに当てはまるものが無いなかで、「こだわる」が若者の感覚にしっくりときたようだと推測している。
 また、小林(2005)は良い意味で使われる「こだわる」の意味について、以下のように述べている。
 こうしたプラスの評価に用いた「こだわる」は、他人はそれほど気にしないかもしれないが、自分にとってはきわめて大切なものとして、ゆるがせにできない、といった意味で、自負・意気込みを持って徹底的に追求する気持ちを表しています。価値観の多様化した現代の新しい感覚を表すものと言えるかもしれません。(小林2005、p.26)
 良い評価での「こだわる」は、確かに梅津の言う若者の感覚、小林の言う現代の新しい感覚を表しているのかもしれない。だが、そのような感覚は必ずしもすべての世代に受け入れられている訳ではない。それは、文化庁が行った国語に関する世論調査(平成13年度)から垣間見えてくる。この調査では、「まだ過去のことにこだわっている」「食材にはとことんこだわっている」の2つを挙げ、どちらを使うかを尋ねた。調査結果を見ると、40代以下はどちらも使うという回答が最も多いが、50代以上のシニア層は本来的な意味で「こだわる」を使う者が多いようである。
 また、「はじめに」でも述べたが、良い意味にも用いられる「こだわる」は、悪い意味の言葉としてなじむ年配者に違和感を与えている。新たな意味に違和感を覚える者のなかには、この用法を「言葉の乱れ」「誤った言葉づかい」と批判し、本来の意味で「こだわる」者も少なくない。竹西(1994)は、良い意味での「こだわる」について、以下のように述べている。
 もう一つ、このごろ気になる例に「こだわる」があります。よく目にします。耳にします。私の中では、いい意味ではほとんど用いられない言葉であったのに、このごろのこの言葉の活躍をみていますと、「こだわり」が、いいことのように伝わってくる場合が少なくありません。
 大したことでもないのに、とりたててあげつらう。わずかな欠点を見つけて難癖をつける。悪く言う。小事に執着して大観できない時とか、見方に柔軟性を失っているような場合に使う言葉と思ってきたのですが、そうではなく、研究熱心とか、愛着の深さをあらわす言葉として使われているようでとまどってしまいます。(竹西1994、pp.171~172)
 竹西が指摘するように、研究熱心や愛着の深さを表す言葉として使われる「こだわる」は、本来的に正しい言い方ではない。しかし、実際は若者を中心に広く用いられており、ら抜き言葉と同様、現在では定着した新しい言い方だと言えよう。また「こだわる」は、この言葉の持つ意味そのものが変化するとともに上昇したケースにも当てはまる。例えば、「お前」という言葉が貴族を指す尊敬語から対等以下の相手を呼ぶ言葉に転じるなど、言葉の意味が下落する現象は少なくない(小林2005)。だが、意味の下落のケースが多いのに比べ、「こだわる」のように意味が上昇した、つまりその言葉の持つ意味が良くなったケースはあまり多くないという(小林2005)。

3.おわりに
 本レポートでは、「こだわる」の意味の変遷について考察した。その結果、「こだわる」は、もともと悪い評価に用いられていたが、1970年代からは良い評価にも使われるなど、言葉の意味が転じて上昇した珍しいケースだと分かった。そのため、良い意味に使われるこの用法には違和感を覚える者も少なくないが、現在では広く定着した言い方だと考えられる。また、今回「こだわる」の意味変化について考察を行うなかで言葉の持つ意味が上下することを知り、非常に興味深いと感じた。今後、この言葉の意味の上下についても詳しく考察していきたいと考えている。

参考文献
 梅津正樹(2005)「『こだわる』にこだわる」NHKアナウンス室ことば班編『ことばおじさんの気になることば』 日本放送出版協会(生活人新書144)
 北原保雄(2007)「こだわりの日本語 [第1回]「おざなり」だったり、「なおざり」だったりする言葉たち」(http://www.sotetsu-group.co.jp/kawaraban/162/kodawari.html
 小林賢次(2005)「コーヒーの味にこだわる」北原保雄編『続弾!問題な日本語―何が気になる? どうして気になる?』 大修館書店
 小学館辞典編集部編(2006)『現代国語例解辞典 第4版』 小学館
 竹西寛子(1994)『国語の時間』 読売新聞社
 タモリのジャポニカロゴス国語辞典編集部編(2006)『タモリのジャポニカロゴス国語辞典 第1版』 フジテレビ出版
 文化庁(2002)『平成13年度 国語に関する世論調査―日本人の言語能力を考える―』 財務省印刷局