大泉千路のブログジャーナル

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2009年12月

映画「サウダーヂ」にエキストラ出演しました

 今月27日、以前からお知らせしていた映画「サウダーヂ」の県内撮影が行われ、この撮影に私もエキストラの一人として参加した。今回の撮影は、ある企業の創立記念パーティーという設定である。そのため、久しぶりにパーティーに合うスーツを着て、撮影現場である「ホテルグランヴェルジュ甲府」を訪れた。今回の撮影のために貸し切られたホールの入口を抜け、赤いテーブルの椅子に座って周りを見まわすと、上は6、70代から下は2、3歳まで幅広い年代層のエキストラが集っている。この年末の時期に100人近くのエキストラが集まったということに私はまず驚いた。そんな驚きのあと、同じテーブルの椅子に座った方と今回の撮影に参加したきっかけについて話す。その会話のなかで分かったのは、男性は取材で来られたYBSラジオの方と山梨県の「富士の国やまなしフィルム・コミッション」の方で、若い女性の3人組は女性エキストラのヘアメイクのために招かれたヘアースタイリストの方々だということであった。こうして幾人かで会話を交わしていると、ホールの壇上に立つ富田克也監督から撮影内容やその終了時間、他に役者さんの情報(富田監督の「役者の顔や名前を覚えてほしい」という理由から)などが伝えられた。

 ここで紹介された役者さんのなかで驚いたのは、首都大学東京教授で社会学者の宮台真司氏であった。というのも、今年9月に行われた映画の制作発表イベントで見た宮台氏とは同一人物と思えなかったからである(特徴のあるあの声を聞いてはじめて、それが氏本人であることが分かったくらいだ)。氏は衆院選で山梨1区から立候補する政治家役ということだったが、故橋本龍太郎元首相似のオールバックで、本物の政治家より政治家然とした雰囲気が感じられた。役を作りこんできたことを感じさせる、政治家を演ずる宮台氏の姿は、「富田克也監督『サウダージ』に出演しました。」(『MIYADAI.com Blog』)に掲載されたポスター写真で見ることができる。氏が出版した著書やネット番組などへの出演で、学者としての氏のことを知っている方は、この写真を見て役者・宮台真司に少しばかり驚くかもしれない。

 その後、前の方のテーブルの空席を埋めるため、前述したYBSラジオの方と一緒にそのテーブルに座る。そのテーブル席に座っていたのは、今回の映画を製作している空族の映画ファンで大阪から来た女性、またラジオでエキストラ募集を聞いて参加したお母さんと娘さんの親子などであった。そこでまたどこから来られたのですかなどと話していると、確か富田監督だったと思うが撮影をはじめるとの声が掛かり、撮影現場にはエキストラのあいだで緊張感が漂った(ように私には感じられた)。今回の撮影現場では十数シーンの撮影があったが、そのなかでも一番印象深かったのは、「パーティ会場で、山梨一区から衆議院議員として立候補した赤尾大輔(宮台)が、『わざとらしい』演説をぶったり、『わざとらしい』挨拶う後援者たちと交わすシーン」(前出「富田克也監督『サウダージ』に出演しました。」、原文ママ)である。

 今回の撮影でほぼ最初に撮られた「パーティ会場で、山梨一区から衆議院議員として立候補した赤尾大輔(宮台)が、『わざとらしい』演説をぶったり」するシーンでは、パーティ参加者に熱弁を振るう宮台氏の背後に立つカメラマンが氏を見るエキストラを撮影していた。事前に富田監督からはカメラの方を見ないようにという注意もあったので、カメラを見つめないように私も緊張しながら撮影に臨む。他のシーンと同様、このシーンもまた幾度かのテストを経て本番の撮影が行われたが、撮影の合間に台詞をぶつぶつ言いながら壇上を歩く氏の姿を見た。上に述べたシーンを終えて少ししてから撮影された「(パーティ会場に現れた赤尾とその妻が)『わざとらしい』挨拶う後援者たちと交わすシーン」では、赤尾の妻役の役者さんから挨拶を受けるなどで私も少し関わることができた。このシーンでは私の目の前で、富田監督から宮台さんはこうこうしてくださいという“演技指導”を受ける氏の真剣な姿が見られたが、それを終えて立ち位置に戻るときに「これは大変だなぁ〜」という独り言を偶然聞く。これらいずれも撮影の合間に見られたしぐさや聞かれた言葉であるが、これによって素人という甘えをまったく表に出さぬ氏のプロ根性を見たような気がした。

 このように、数時間の撮影のなかで普段出会う機会のない役者さんの隠れた一面を垣間見ることができ、撮影の進行に合わせて食べることができた料理も美味しくいただくことができた。今回の撮影で出された料理は、『みなさまの縁をとりもつ隊ブログ』のエントリー「映画『サウダーヂ』の撮影!」で詳述されているのでご覧いただければと思う。また、富田監督から「はい、カット!」と声が掛かるまで緊迫した空気が流れる撮影に立ち会うことができたのは、今回はじめてのエキストラ参加であったが非常に良い経験となった。他のエキストラに混ざって撮影現場を出るときに、出口で「ありがとうございました」と言うスタッフの方と挨拶を交わしたが、そこでエキストラ出演を終えてこれまで感じたことのない充実感を感じることができた。撮影終わりの富田監督の話によると、これからも今回のような大規模なシーンがあるので、その際はぜひ参加してほしいということであった。まだ日程がよく分からないのではっきりしたことは言えないが、スタッフの方のご迷惑にならないように今後もエキストラとして参加し、このブログでも現場報告をしていければと思っている。

 映画「サウダーヂ」エキストラ募集ページ
 http://www.saudade-movie.com/ekisutora/

記者クラブ廃止論者が語る「田中県政への過大評価と大ウソ」

 はじめに
 今月14日、「記者クラブ廃止、出来るか出来ないかでなく『やるかやらないか』」という記事が『JanJan』に掲載された。この記事は、12日に開かれた人権と報道・連絡会主催のシンポジウム「官僚・メディアと新政権――記者クラブ廃止に向けて」を取り上げたものである。シンポジウムには外せない他用があったために参加できなかったが、後日掲載されたこの記事を読んでどうしても看過することのできない発言があった。そのため、今回の記事で紹介されたそれらの発言を引きながら、記者クラブ廃止論者が語る「田中(康夫・長野)県政への過大評価と大ウソ」をここに紹介したい。

 田中県政を過大評価するクラブ廃止論者
 まず指摘したいのは「田中県政に対する過大評価」である。今回のシンポジウムに参加したフリーライターの山本ケイ氏によると、パネリストのひとりで衆議院議員の田中康夫氏は、県知事時代に「脱・記者クラブ宣言」を発表した理由についてこう語ったという。「私が知事になった時にスポーツ新聞などは前日までにクラブにお伺いをしなければ入れなかった。それに政党や宗教の新聞は入っちゃいけないということになっていた。しかし私は全ての人は表現者と考えていたので脱・記者クラブを行った」(「記者クラブ廃止、出来るか出来ないかでなく『やるかやらないか』」)。司会を務めた同志社大学教授の浅野健一氏は、この田中氏の発言に追随するかのようにシンポジウムの結びで次のように述べている。

 〈田中さんが記者クラブを廃して全ての人が表現者であるとしたことは印象強く、ジャーナリストには特権があるわけでなはい。日本の大マスコミは自分たちは特権があるんだと考えているのであり、その象徴が記者クラブではないかと思う。今後もこのことについて考えていただきたい。記者クラブを廃止するだけでは解決しないが、廃止することでジャーナリズムの再生につながると思う。長野県でやったことを官邸でもやるべきだ〉(「記者クラブ廃止、出来るか出来ないかでなく『やるかやらないか』」、原文ママ)

 確かに田中氏が語っているように、氏以前の知事会見は「スポーツ新聞などは前日までにクラブにお伺いをしなければ」参加が許されず、「政党や宗教の新聞は入っちゃいけないということになっていた」。それに疑問を感じて知事会見を開放したこと自体は、「正の部分」として評価することができる。田中氏が「脱・記者クラブ」を宣言しなければ、後に後任の村井仁知事までもが会見を開放することは無かっただろう。しかし、氏が持っている会見開放後の「負の部分」をひた隠しにして、田中県政は良かったなどと賛美するクラブ廃止論者には我慢がならない。

 それでは、ここで言う「氏が持っている会見開放後の『負の部分』」とは一体何だろうか。これを紹介する上で、知事時代の田中氏をよく知る大学教授、また当時の知事会見に参加した記者と市民という3名の証言を紹介したい。まず1人目は、東京都市大学教授の青山貞一氏である。長野県の政策アドバイザーなどを歴任している青山氏は、田中氏と密接な関係にあった人物である。青山氏は自身のブログ『青山貞一ブログ』のなかで、会見開放後の田中氏の言動について次のように指摘している。

 〈田中康夫氏は「脱・ダム宣言」で有名だが、筆者は「脱・記者クラブ」宣言に田中氏の本領が発揮されていると思っている。
 その田中康夫前長野県知事は、せっかく宣言した「脱・記者クラブ」宣言にもかかわらず、その後、メディアからの質問の多くにまともに答えることなく、はぐらかしの連続であった。
 政治家にとって情報リテラシー能力、とくに双方向のコミュニケーションは具備すべき最も重要な資質のひとつであるが、田中康夫氏は、残念ながらコミュニケーション能力に乏しい。
 自分の言いたいことを一方的に話し、ひとの意見を聞かない、そさすとの批判をずいぶん受けていた。〉(「日本のメディアの本質を考える(3) 〜記者クラブと世論誘導〜」『青山貞一ブログ』2007年6月9日付)

 青山氏の指摘するこれらの実態は、田中県政時代の知事会見に度々参加した主婦の鈴木恵美子氏が山本ケイ氏のインタビューに、ブログ「追撃コラム&取材メモ」主宰の奥秋昌夫氏は『JanJan』掲載記事へのコメントで証言している。以下に紹介する両氏の証言からは、青山氏の言う「自分の言いたいことを一方に話し、ひとの意見を聞かない」田中氏の隠れた一面を垣間見ることができよう。ちなみに、長野県の公式ホームページには田中知事会見録が掲載されているが、これらの会見録は彼ら彼女らが語る証言を物語っている。非常に膨大な量の会見録ながら、ぜひ一度は次に挙げるリンクからアクセスしてみていただきたい(田中知事会見録【2001年〜2003年】【2004年〜2005年】【2006年】)。

 〈私は1県民として会見に参加してきました。(引用者注、村井知事による)今の会見は田中知事の時と比べてオープンになっていると思います。田中知事の時は知事が質問者を指名する形で、私が話せない時もあったのです〉(「記者クラブ改革、主婦が知事会見に出る長野県」『JanJan』2008年9月8日付より鈴木氏コメント)、〈脱記者クラブ宣言は田中康夫知事の情報操作の小道具でした。まったく評価できないものです。田中知事は一部のお気に入りのメル友記者を使って情報操作を何度もしていました。自分に都合の悪い質問をしそうな私などには何度挙手しても指名しないことが恒常化していました〉(「新政権下で強まる記者クラブ批判」コメント欄より奥秋氏コメント)

 ここでポイントとなるのは、「自分に都合の悪い質問をしそうな私などには何度挙手しても指名しない」との発言である。確かに、田中氏の「脱・記者クラブ」ですべてのメディアと一般市民が知事会見に参加できるようになった。だが、県庁内の会見場に入ることは誰でも可能であったが、鈴木氏らのように厳しい質問を投げかける取材者は、氏から指名されずに質問できなかったのである。それにも関わらず、田中氏らクラブ廃止論者は、自分たちにとって都合の悪いところはひた隠しにしている。そして先に述べたような氏の良いところのみを取り上げた上で、「長野県でやったことを官邸でもやるべきだ」などと語るのだから噴飯物である。

 これについて作家・塩野七生氏の至言を借りて言えば、「記者会見とは、内閣府や省庁が伝えたいと思っていることを伝える場ではまったくなく、伝えられる側による自由で闊達な質問とそれに対する回答、がなければ意味が無いのだ」(「日本人へ(79)戦略なくしてチェンジなし」『文藝春秋』2009年12月号)。上に紹介した3人の証言によれば、田中県政下の知事会見において塩野氏の言う「伝えられる側による自由で闊達な質問とそれに対する回答」が無かったことは明らかであろう。それゆえに、発言と行動が伴わない田中県政を過大に評価するクラブ廃止論者の見識を疑ってならない。

 「長野で記者クラブを廃止した」というウソ
 次に「田中県政に関する大ウソ」について、ひとつ指摘しておきたい。ここで注目すべき点は、記事の冒頭で紹介した「田中さんが記者クラブを廃して全ての人が表現者であるとしたことは印象強く(以下略)」(「記者クラブ廃止、出来るか出来ないかでなく『やるかやらないか』」)という浅野健一氏の発言である。浅野氏が世話人を務める人権と報道・連絡会が作成したシンポジウムの宣伝ビラでも、そのパネリストである田中氏が「長野で記者クラブを廃止した」と紹介されている。

 だが浅野氏らが言うように、田中氏が記者クラブを廃止したという指摘を鵜呑みにして良いものだろうか。「新政権下で強まる記者クラブ批判」へのコメントのなかで、前述した奥秋昌夫氏は長野県での記者クラブの廃止について次のように指摘している。「記者クラブはマスコミ各社の任意でつくっている組織なので、なくなることはありえません。ただ、記者クラブが会見を独占的に仕切ることが問題で、それがなくなっただけです」(「新政権下で強まる記者クラブ批判」コメント欄より)と。この指摘は、今月3日に掲載された「塩野七生氏に異議あり! なぜ記者クラブ全廃が必要なのか」に寄せられたコメントへの回答でも紹介した通りである。

 こうした過程を経て先日、記者クラブを廃止したとされる長野県に対して、実際に県が記者クラブを廃止したのかどうかを問い合わせた。そして後日県から届いた回答によれば、「脱・記者クラブ宣言は、記者クラブという任意組織自体を廃止するものではなく、県庁内の記者クラブ室を廃止し、知事等の会見を記者クラブ主催から県主催に変更したもの」(長野県総務部広報課、転載許可を取得済)だという。やはり奥秋氏の言うように、大マスコミの任意団体である記者クラブが無くなることは有り得ず、知事会見をクラブ側が仕切らなくなっただけであった。

 このように記者クラブが無くならない現状で、外部から記者クラブの廃止を唱えることにどれほどの意味があると言うのだろう。一歩譲ってクラブの廃止を唱えるにしてもクラブ開放を要求することが第一で、クラブ自身に開放させた記者クラブに入ってからのことではないか。それは、クラブ自体を存続されるか廃止するかは、クラブの構成員が決める決断だからである。こうしたことを言えば、「記者クラブの肩を持つのか」とか「記者クラブの存在を容認するのか」という批判があるかもしれない。私には記者クラブを擁護するつもりは毛頭ないが、誤解を恐れずに言えばクラブ開放を唱えることに躊躇する気持ちもまったくない。

 もちろん、ジャーナリスト宮武外骨が「ユスリ記者」と呼んで批判した私利私欲を肥やし続けるマスコミ人が、権力へのアクセス権などの既得権益を死守するために記者会見の開放に抵抗していることは知っている。だが宮武の言う「ユスリ記者」の生き残りは、マスコミ人のなかの一部に過ぎないのではないか(この問題の本質を私が知らないだけかもしれないが)。前記した「新政権下で強まる記者クラブ批判」によれば、日本新聞労働組合連合が新聞研究部会議の出席者にアンケートを取ったところ、「記者クラブ自体は必要だが、何らかの改革は必要」とする回答が全体の84%を占めたという。プロ記者の世代、時の政権が交代したこともあり、個人単位ではあるが大多数の記者がクラブ改革の必要性を感じているのだ。

 また山本ケイ氏のインタビューに対して、現在新聞社の85労働組合が加盟している日本新聞労働組合連合の豊秀一委員長(朝日新聞記者)は、クラブ開放すべき理由について次のように語っている。これは一読者としての意見だが、最近雑誌やネットなどに掲載されたクラブ開放論のなかで、最も的を射ていて説得力があるように思える。そのため、いささか長くはなるがこの場を借りてこの豊委員長の指摘を紹介しようと思う。なお、上に挙げた山本氏のインタビューは、先月25日に掲載された「【映像】新聞労働の現場から新聞労連・豊 秀一中央執行委員長に聞く」で視聴ができることを付記しておきたい。

 〈個々の記者クラブ批判について全て見ているわけではありませんが、基本的にオープンにして競争すればいいのではないでしょうか。決して敵対するものではなく、チャンネルが広くあればいい話しなのであって、組織でやっているメディアと、フリーの人、雑誌ではそれぞれ視点が違うのですから、誰にでもアクセスできるようにしながら、切磋琢磨すればいいのではないかと思いますね。
 ことさらに記者クラブ側が閉鎖的になるほど既得権を擁護しているという風に見られてしまう。そこはオープンにしてそれぞれが何をやっているのか見えるようになれば、批判の中で当たっているものもあれば、当たっていないものもあるでしょうし、そこはオープンにして全てさらけだすことで解消していけばいいのではないでしょうか。〉(「新政権下で強まる記者クラブ批判」『JanJan』2009年11月25日付)

 このように、上に挙げた新聞労連のアンケート結果やその労連の委員長に対するインタビューからは、クラブ開放に肯定的な記者の声が聞こえてくる。こうした声が少なからずあるがゆえに、クラブ廃止論が盛り上がりを見せてもなお求め続けるのは、記者クラブ自体の開放なのである。その一方で、クラブ廃止論者の多くはまったく理解できぬ理由によってこれを否定し続けている。そのようなクラブ開放批判を否定こそしないが、「記者クラブの開放でクラブ批判を解消していけば良いのではないか」というようなクラブ開放論のどこがいけないのかを説明してからにして欲しい。

言葉のキャッチボールができなくなる!?

 今月8日、前日付の『JanJan』に掲載された諸記事を一読した際のことである。その前日の更新で公開された「『押尾容疑者逮捕劇』と政権交代」(田中龍作記者)や「世田谷区玉川、タウンミーティングの呆れた実態」(林田力記者)など約10本の記事を興味深く読んだ。こうして様々なジャンルの記事をチェックするなかで、「JanJanは1月1日にリニューアルします(日本インターネット新聞社)」というタイトルの存在に気がつく。予期せぬ突然の発表に若干驚きつつも、私はそのタイトルの記事をじっくりと読み始めた。「JanJanは1月1日にリニューアルします」と題された記事は、次のような文章で始まっていた。

 〈平素より『JanJan』をご支援いただきましてありがとうございます。さて、日本インターネット新聞社では、(引用者注、2010年)1月1日に『JanJan』をリニューアルすることにしましたのでお知らせします。

 現状の『JanJan』を、よりニュースに特化した『JanJanニュース』に変更します。『JanJan』では2003年の創刊以来、市民メディアの発展のために弊社が専用に開発した記事投稿・編集システムを採用してきましたが、この間、コンピュータやインターネットに関連する技術は飛躍的に変化しました。刻々と変化する時勢に対応できるニュースサイトを目指し、今回のリニューアルでは全面的にブログシステムを採用し、より簡便に即時性の高いニュースを発信します。〉(日本インターネット新聞社「JanJanは1月1日にリニューアルします」『JanJan』2009年12月7日付)

 これに続けて記されたサイトリニューアルに伴う変更点で、私が気になった点はいくつもある。例えば、記者の書いた記事が一目で分かる記者プロフィールの終了(来年1月末まで)、『JanJan』での掲載記事などを紹介するメールマガジンの終了(今月29日を以って配信終了)などだ。そのなかでも一番に注目したのは、「原則として一度お送りいただいた記事は修正しませんので、投稿前に徹底した見直しをお願いします」という一文である。といっても、私が記事のなかで気になったのは「投稿前に徹底した見直しをお願いします」という方ではなく、「原則として一度お送りいただいた記事は修正しません」という箇所である。
編集部注:この記事は12月12日に投稿されたものです。その後、修正についての「編集便り」の当該箇所は、12月16日に「・修正作業の完了には数日お時間をいただく場合がございます。投稿前に徹底した見直しをお願いいたします。」と訂正しました。)

 上に引用した一節を読んでまず感じたのは、「言葉のキャッチボールができなくなる!?」という危機感であった。そうは言っても、野球でもなく言葉のキャッチボールとは一体何ぞや、と訝しげに思う読者もいるだろう。そのため、実際にこのキャッチボールを交わしている2者のケースをひとつ紹介したい。今月10日に今年のノーベル平和賞を受賞した米国大統領のバラク・オバマとその首席スピーチライターを務めるジョン・ファブローである。彼らのキャッチボールは今年のはじめに注目を浴び、テレビや新聞などで大きく取り上げられたことは記憶に新しい。

 その新聞記事のうち、1月21日付の朝日新聞に掲載された「大統領首席スピーチライターは童顔の27歳」によると、通常オバマは重要な演説を行う前にまず自分自身の考えをファブローに口述するのだという。その口述内容をファブローが文章にまとめて草案を作り、2人でキャッチボールをしながら文章を磨いていく。こうしてでき上がったのが20日に行われたオバマの大統領就任演説など一連の演説原稿である。これらの演説は全世界の注目を集め、日本ではこれを収録した演説集が大売れするなどオバマ旋風が吹き荒れた。言葉のキャッチボールから生まれたオバマの演説は、多くの人々からの注目や感動を集めたわけだ。

 オバマとファブローが交わす言葉のキャッチボールは、この『JanJan』にも編集者と市民記者のやり取りとして存在している。しかし、この記事の冒頭でも述べた通り、そのキャッチボールというものは今年の12月末日を以ってできなくなる。だが多くの読者に読まれる磨かれた文章を書くというのは、「投稿前に徹底した見直しを」とは言っても1人ではそう簡単でない。作家の司馬遼太郎を例に挙げると、司馬は最晩年まで推敲作業を徹底的に行い、その過程で最初に書かれた文章の大部分を削って原稿を書き上げている。これについては、文藝春秋編『司馬遼太郎の世界』(文藝春秋)に掲載された写真などでご確認いただければと思う。

 このように、スピーチの名手と呼ばれるオバマ、また昭和の大作家である司馬ですら徹底した推敲作業を経て磨かれた文章を書き上げている。私のような素人記者であればそれはなお大変であり、他者の目線で原稿を見るという限界もある。そこで司馬で言うところの鉛筆でつながれた線であり、オバマで言うキャッチボールである編集作業が必要となる。もちろん、『JanJan』の場合は大手メディアと異なり、たった1人の編集者が市民記者から寄せられた原稿の修正をこなしていることは十分知っている。それを承知の上で、できることならば「原則として一度お送りいただいた記事は修正しません」という決定を一度再考してもらいたい。(文中敬称略)

(「言葉のキャッチボールができなくなる!?」『JanJan』2009年12月18日付より)

『目立つ力』を読んでTwitterはじめました

 最近、経済評論家勝間和代さんの『目立つ力』を読んで(プラス上杉隆さんや有田芳生さんらが始められたので)、Twitter(ツイッター)を始めました。まだその使い方を把握しておらず試行錯誤の最中ですが、どうぞよろしくお願いします。できましたら、皆さんからフォローや使い方のご教授を頂けますと嬉しいです。

 大泉千路 (oizumichiji) on Twitter
 http://twitter.com/oizumichiji/

映画「サウダーヂ」エキストラ募集のお知らせ

 先日、私が持っているメールボックスに、映画「サウダーヂ」を制作中の映像制作集団「空族」から1本のメールが届いた。10月2日付の『JanJan』に掲載された「映画『サウダーヂ』制作発表イベント潜入記」を書き上げてすぐ、制作発表イベントで知ったエキストラ登録をしていたためである。早速、メールチェックの際にこれを一読すると、現在今月27日の撮影現場に参加するエキストラを募集しており、このシーンには多くのエキストラが必要とのこと。そのため、このブログでも映画へのエキストラ参加を呼びかけたいと思い、先述した空族に「今回のメールを転載しても良いでしょうか」とメールを送った。すると、その翌日にこの映画でメガホンを握る富田克也監督から直々に返信を頂き、メールの転載を快く許して下さった。

 富田監督のご厚意に心から感謝しつつ、これに甘えて空族からのメールを転載させていただく。以下に紹介する案内をご覧になって参加したいと思って下さった方は、映画の公式ホームぺージ内「エキストラ募集」ページ(http://www.saudade-movie.com/ekisutora/)から是非エキストラ登録を済ませてほしい。かくいう私も、もちろん今月27日の撮影現場には参加させていただくつもりである。なお、富田監督からは「エキストラ募集に際して、『夏』の設定である旨、是非強調していただければ」との依頼を受けている。そのため、今回の映画が夏の設定であるゆえ撮影現場には夏の装いでお越しいただきたいことを改めてお願いしておきたい。

BCCにてお送りしています。

富田克也最新作
「サウダーヂ」へのご協力ありがとうございます。撮影は順調に進行しています。

皆様には師走のお忙しい中かと存じます。

そんなお忙しい中とは重々承知の上で、来る12月27日(日)のエキストラへのご参加よろしくお願い致したいと思います。

「ホテルグランヴェルジュ甲府」
 17:00〜22:00頃(終了時間は前後する可能性があります)

〒409-3845 山梨県中央市山之神3616-4
TEL: 055-273-0003
(無料駐車場80台)
http://www.vierge.co.jp/

とある企業の創立記念パーティというシーンです。
ここには社会学者・宮台真司さんも役者としてご登場頂きます。
映画・TVでお馴染みの女優、亜矢乃さんも登場します。どんな役かはお楽しみに!

※エキストラの皆さんにはパーティに出席する程度の正装をお願いします。

女性に限り、先着順にヘアメイクも実施いたします(どこまで対応できるか予測がつきません、なるべくご自身でお願い致します)。
当日は本物のお料理が出ます。撮影の進行に沿ってですが、実際に食べていただくことができます。お楽しみに。
交通費、ギャラ等の支給はございません。

※このシーンには非常に沢山のエキストラが必要となります。是非ご友人・お知り合いの皆様をお誘い合わせの上、お気軽にいらしてください。
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