今月7日、山梨県甲府市の湯村温泉郷にある「湯村の杜 竹中英太郎記念館」を訪ねた。そのきっかけは、正月三ヶ日街中の書店でその装丁に惹かれて今年の読書始めにと手に取った一冊、昨年9月に急逝した女優樹木希林さんの名言集『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)。昨年末に初版5万部が刷られた本書だったが、それでも足りずに各地の書店では品切れが相次ぎ、急遽の増刷で早くも40万部を突破するなど今注目のベストセラーとなっている。それを早速読みながら樹木さんと山梨とは講演やトークイベントなどで様々なゆかりがあり、そのうち先の竹中英太郎記念館のトークイベントでは亡くなる数ヶ月前に登壇される姿をテレビなどで見たのがふと思い出された。樹木さんの出演した作品を観る度にその存在感の大きさはもちろん言葉一つひとつに人間的な温かさとユーモアが感じられて一ファンのひとりだったが、このイベントにはどうしても日程的な都合で参加することが叶わなかった。それだけに突然の訃報を聞いた時は非常にショックを受け、無理を押してでも映画館のスクリーンだけでなく本物その人の謦咳や空気に接しておくべきだったと後の祭りながらも後悔した。ちなみに以前、樹木さんと生前親交のあったルポライター竹中労さんの没後20年という節目の機会にその労さんを兄に、挿絵画家の英太郎さんを父に持つ館長の竹中紫さんに長時間取材し、その内容を拙いながらも「竹中労没後20年目の年に竹中英太郎記念館を訪ねて」という記事にまとめさせて頂いた。それ以来記念館の方にはお邪魔することができていなかったが、今回樹木さんの追悼、館長ブログを読んで知った記念館開館15周年のお祝いという意味も込めて昨年末に同じく館長ブログに掲載された「平成30年を振り返って・・・・・」という記事についてもその内容を詳しく伺えればと思い、週明け7日の早朝から記念館を訪ね、大変お忙しいところを約2時間にわたって長らくご無音の失礼な筆者にも大変貴重な秘話を快くお聞かせ下さった。樹木さんが亡くなって間もなく見つかったという開館当時に送られた直筆のはがき(毛筆で描かれたそのイラストは英太郎さんの似顔絵とのこと)、そして樹木さんにと館長が送られて最期に召し上がったという甲州ぶどうの非常に時間的にも奇跡的なエピソードをはじめ、ともにがんという病と闘いながら生涯現役の職人気質を貫いた樹木さんと労さんのことなど次々と語られるその珠玉で数々のお話を聞きながら圧倒されるばかり。非常に親しみを感じる優しいお人柄や人となりなど、これらのエピソードを通して生前直接お会いしたことがないながらも故人を身近に感じることができたとともに、前もって読んでいた樹木さんや労さんの御本にも通じる話が多くメモを取らなかったのが悔やまれるほどに大変興味深い内容が含まれていた。以前取材した当時のまま入館料を安く据え置かれながらも英太郎さんが好きだったという珈琲や紅茶の飲み物、お茶菓子など館長の心尽くしのおもてなしは変わらず、記念館を訪れる来館者でリピーターの多さという点においても利他の心、忠恕(まごころと思いやり)のみの姿勢に対するその感動ゆえと非常に納得させられる。その美味しい珈琲を味わいながらゆっくりと作品を観たりお話を伺ったりしているうちに東日本大震災などが起こったあの年、取材当時のあの日がまるで昨日のことのように感じられるとともに、それでも月日が流れるのは早くあれからもうそんなに時間が経つのかとその変わるものと今でも変わらぬものとが非常に感慨深く感じられた。館長との会話のなかで訪問の翌日が英太郎さんの月命日とのことを知り、名残り惜しくも記念館を辞したあとに同じく甲府市内のつつじが崎霊園へと向かい、自然石で造られた竹中家の墓所の前で手を合わせる。英太郎さんが自ら刻まれ、労さんの遺作『無頼の墓碑銘』(KKベストセラーズ)の副題にもなった「せめて自らにだけは恥なく眠りたいと」の墓碑銘をしばらく見つめていると、英太郎さんや労さん、樹木さんともに自分の心に恥じない生き方ができているか、最期まで潔く人生に向き合った見事な生涯だったと先の館長のお話や館内での展示にも重ね合わせながらそれに改めて深く気づかされる思いがした。竹中英太郎記念館のホームページや館長のブログ、記事冒頭に紹介した『一切なりゆき』の巻末にも収録されている樹木さんの娘でエッセイストの内田也哉子さんによる「喪主代理の挨拶」や新創刊の季刊誌『週刊文春WOMAN』(文春ムック)の連載エッセイ「Driving My Mother」などを読んでいると、その人から受け継がれるもの、目には見えないいのちの姿、ご家族をはじめそれを支える人々のうちに故人の言葉やその思いが襷のように繋がり、亡くなった人が生きている人の心のなかで今も確かに生き続けているのだということが感じられる。老いや病いのなかで生と死を見つめながら仕事と人生に真摯に向き合い、それぞれ亡くなる直前までご家族のことを深く思われていたお三人のようにかくありたいとの思いを強めるとともに、樹木さんの御本のなかにもあるがまずそのためにはひとりの人間として今一度どう生きるのかを自分の頭で考えて一つひとつ自分なりの答えを見出していきたい。お三人からのしっかり生きなさいよという励ましの声が非常にいい加減な性格の人間の耳に何だか聞こえてくるような気がした。